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2013年12月30日月曜日

LPのクリーニング

今日は仕事納め。7月に配置換えとなり5か月。ようやく慣れてきた感じである。歳をとると環境の変化は思っているよりもストレスが大きい。6連休となるがどのように過ごそうか。

さて、先日LPを大量に買ったことは書いた。ただいま次々と聴いている真っ最中である。
今年の最大の収穫はイッセルシュテットのベートーヴェンであろうか。昔にも聴いたはずだが印象に残っていないのは不思議。今になって改めて良いなあと思う。きっかけはKazuさんのお宅で聴いた7番だった。録音も良かったが、演奏の持つ品の良さに心打たれた思いがした。今回大量購入したLPのなかにも国内盤の9番と4番が含まれている。9番はスコア付きと豪勢なつくり。ただ、一か所傷がありループしてしまうのが残念である。長野の中古レコード店のHPに5・8番の国内初出盤と6番のSAD盤があったので迷わずに購入。さっき届いたばかりである。

最近購入したLPは概ね盤質は良好と思うが、通針する前には一応クリーニングをする。
自分は精製水にエタノールを混ぜたものを盤面にスプレーしメラミンスポンジで円周に沿って拭いている。ある程度拭いたところで乾いた綿布で水分を取る。仕上げに化粧筆で表面のホコリをとる。ノイズはこれで7割がた除去できるのではないかと思う。パチパチとしたノイズはホコリよりも静電気が原因ではないかと思うが水気が静電気を逃がすのではないかと思っている。静電気を除去できればホコリは付着しないわけで…。

少々乱暴な気もしないではないがこの方法が一番安価で効果的のように思う。以前は歯ブラシで磨いたり、少し手間を省いて電動歯ブラシで磨いたりもしたが現在はこの方法で落ち着いている。昔は木工ボンドでパックしたりもしたが、ボンドが盤の内周部に付着しそれが針先を痛めてしまう可能性があるのと、剥がすときに盛大な静電気を発生し結局ホコリが付着してしまうのでやめた。
バキューム式のクリーニング装置も市販されているがやはり高価で手が出ないというのが実情。宝くじでも当たらない限りは無理である。まあそれほど希少な盤があるわけでもなし、それなりの音で聴ければ良いといったところ。

もう一つ、カートリッジのメンテナンスについて。MC型はある程度の時間使うと帯磁する。帯磁すると何やらもやもや、ビリビリとした音になる。段々と音が悪くなるわけだ。磁気を除去する器械も市販されているがこれも高価。磁気の除去は使用時間にもよるが30時間程度に一度で良いように思う。ということで器械の使用頻度はさほどでもないので買うのも躊躇われる。そこで両端がメスのRCAピンジャックを用意しプレーヤーからの左右の端子を接続しループさせる。そしてレコードに針を落とし5分間。これで磁気は除去でき音質も回復する。

今週はこんな感じでかれこれ15枚ほどのLPをクリーニングした。部屋の大掃除?これからします。

では良いお年を。

2013年12月28日土曜日

Beinum/ ACO JB1

すっかり、年末モードだ。相変わらず寒い。風も強いので体感気温はもっと寒いことだろう。当地は雪国ではあるが海岸沿いなので雪は比較的少ないので助かる。今日も積もるかと覚悟して朝窓を開けてみたが全然積もっておらず、拍子抜けであった。

さて、先日の福岡行から早くも一週間が経った。気を揉んでいたレコードも無事に到着。梱包はただ段ボールを巻きつけただけなのでソリや破損が心配だったがこれといった問題はなかった。ただいま着々と聴いている。

その中から1枚。ベイヌム/コンセルトヘボウのブラームスの1番(デッカ)。録音は確か51年だったと思う。モノーラル。ベイヌムはブラームスの全集をモノ-ステレオの移行期にフィリップスと録音していて1番・4番はステレオ、2番・3番はモノラル録音だった。これも名盤。

このブラームスの1番、レコード番号はLY1で国内初出盤だろうか?目立つキズもわずかでノイズも少なく上々である。フィリップス盤と比べると深みといったものは後退するがそれを補ってあまりある推進力に溢れた演奏だ。コンセルトへボウのアンサンブルも驚異的に良い。戦後まもなくのことであるし、楽団員の入れ替えも多かったことと思うがどうだったのであろう。メンゲルベルクの失脚に伴い音楽監督となったベイヌム。前任者の主観的でロマン的な指揮ぶりに対して客観的かつスマートな指揮ぶりは両者の違いを際立たせたものと思う。このブラームスもテンポを落としてタメをつくらずに進んでいく。とても颯爽とした演奏となっている。モノラルながら聴きやすい。
実はこの演奏、以前CDで持っていたが引っ越しの際処分してしまったようで手元になかった。久々の再会。フィリップス盤も良いがこのデッカ盤の方がよりベイヌムらしさが現れているように思う。
今度、ブルックナーの選集(5.7.8.9番)が出るようだ。これも全くスマートな演奏。スイッスイッとフレーズが先に先にと進んでいく演奏。聴いているとキツネにつままれたようになる不思議な演奏。7番はデッカ音源、そのほかはフィリップス音源ですべてモノラル録音である。

モノーラル盤の再生ではカートリッジはオーディオテクニカのAT-3MONOを使用している。MC型ながら出力は大きめなのだが、トランスを通すと50Hz.をピークとしたハムノイズが盛大に出る。通常のMC型でもわずかに出るが聴感上は気にならない。かといってトランスを通さないと痩せたおとになってしまう。困ったものだ。





2013年12月23日月曜日

Maazel/VPO GM 7

荒れた天候もひと段落。寒いながらも落ち着いた天気となってきた。
週末、当地は雪模様の天気だった。加えてカミナリ様がお怒りになっておられた。我が家から30mほどのところに電波塔らしきものが立っており、避雷針を備えている。よって我が家に落雷の危険はないものの、カミナリ様は好んでお落ちになるわけだ。カミナリが落ちるとき、それはもう凄い音である。あえて文字に起こすと、「メキメキッ」「バリッ」「パシッ」となるが全く凄さは伝わらないであろう。まあいい。音も凄いが、振動も凄い。家が揺れる。時には一晩中である。
グランカッサ(大太鼓)のトレモロなどは足元にも及ばない。あんな音が出せたらイイなあ~などとも思うが、鼓膜が心配。

MUUSANさんのブログにマゼールの新マーラー・チクルス(フィルハーモニアo.との1~3番まで)の記事があった。至ってフツーの演奏のようだ。しかしマゼールのこと捻って捻ってフツーを装っている気がしないでもない。実際聴いてみないことにわからないことであるがフツーなマーラー演奏という時点でやっぱり異常なことのような気がする。これが刺激となってVPOとの旧全集を最近は聴いている。
あまり評価されてない演奏だと思う。いまだにVPO唯一のマーラー全集という地位を保ってはいるが、一段低く見られている。よく聞くのは表面的に過ぎる、というもの。全体的にテンポが遅くネットリと歌う演奏だ。スコアがどうなのかはわからないけれども、かなりイロイロやっているんじゃないかと思う。VPOもよくついていっている。マーラーを聴くというよりも、やはりここはマゼールを聴くという感じか。

なかでも、7番は6番と並んで好きな演奏だ。

7番の演奏タイムはもっとも遅いと思われるクレンペラーと参考までにインバルのDENON盤をのせておく。
     
   

1st,mov.
2nd.mov
3rd.mov
4th.mov
5th.mov
 マゼール
  24:24  
  15:39
  10:18
  15:47
  20:05
 クレンペラー
 27:47      
 22:08
 10:28
 15:42
 24:15
 インバル
 22:36
 14:40
 10:21
 13:13
 16:49
                

 インバルと比較してもマゼールは遅いようだ。しかしクレンペラーのタイムはやはり異常だ。これがクレンペラーでなかったらアンサンブルが悪い酷い演奏の一言で片づけられてしまうに違いない。マゼールのマーラーはクレンペラーの影響というかクレンペラーへのリスペクトがあるのではないかと私は睨んでいるがいかがだろうか。タイムだけではあまりわからないが。


さて、先の連休を利用して福岡に遊びに行ってきた。アホみたいに大量の中古LPを購入。持って帰れるかと思ったがあまりの重さに断念。宅急便でただいま新潟に移動中のハズ。無事に着いて欲しい。

記事を仕上げながらシェリングのバッハの無伴奏を聴いている。久しぶりのオーディオはやや膨らみ気味であるが心地よい音楽を奏でている。今日も無事音楽が聴けることに感謝。

2013年12月8日日曜日

理想の音はどこにある?

12月に入り、我が家も忙しくなった。消費税増税前の駆け込みで水回りのリフォーム工事が始まった。が、連日の入浴、トイレがとても苦痛だ。ストレスが溜まりに溜まっている。音楽を聴く時間が思うように取れないし、日帰り温泉に毎日浸かっているが疲れもイマイチ取れない。が、お肌はスベスベである。自分史上最高にスベスベである。まあ肌がスベスベしていても何の得もないのだが。

久しぶりにオーディオの話、というほどの内容ではないけれど。特に選手の変更はない。したいなあとは思っても踏ん切りがつかない。踏ん切りがつかないのはカミさんに話を持ち出すこと。ダメと言われるならまだしも、全く相手にしてもらえないことが確実だからだ。

今年の4月ころ、スピーカーの配置を部屋の長辺に対して横長から縦長に配置したものの思うような音にはならなかった。出てきた音は広がりに欠け、なんともバランスの悪いものだった。EQでの調整を繰り返したがいかんともしがたく再度、横長配置に戻した。当初は後壁にべた付けだったスピーカーも今は85㎝くらい前に出し、30度ほど内側に振り向けた恰好になっている。

フリーソフトで部屋の音響特性をシュミレーションができるものがある。これは便利だが、あくまでシュミレーションである。部屋の音響特性を大まかに掴むには良いがこれがすべてではない。実際にセッティングし、自分の耳で聴きながらの調整はもちろん必要だ。
部屋にはそれぞれ固有の特性があり、それにスピーカーの位置とスピーカーの特性が掛け合わさった音が耳に届く。その音が自分の聴覚特性や好み、もしくは感性に合致するならそれは自分にとって追い求めていた理想の音になるだろう。

先日、これまたオーディオ好きのいとことkazuさん宅にお邪魔させていただいた。Y社製音響ボードと吸音材を導入され、低音域が締まった音になり非常にまとまり良く、それでいてしっとり艶やかなその音の作りに感銘を受けた次第。ありがとうございました。kazuさんと知り合ってからオーディオや音楽をする自分の姿勢が少し変わったです。感謝です。

さて今日も理想の音を求めて前に進もうか。


この記事は木曜日に書き始めているが、昨日ようやくトイレが使えるようになった。便座あったけぇです。ウォシュレット気持ちイイ~。文明的な生活までもう少しの辛抱だ。

2013年11月18日月曜日

探し物 LP編②

先日のブログは書いている自分でもわからないくらいトゲのある文章になってしまった。大いに反省。

さて、本題は探しているLPの紹介だった。
中古LPの収集は主に以下の二本立てである。一つはCDでも未所有の音源を探すこと。もう一つはすでにCDで持っているがLPで聴いてみたい音源を探すこと。特に二つ目についてはデジタル録音初期のデッカ録音に重きを置いている。
中古LPでは一般にステレオ初期のファーストリリース盤が高値で取引されることが多い。自分などには手の出ない価格である。以前、さるショップのHPをのぞいていて4万円かあと嘆息していたら40万円の見間違いだったことがある。閑話休題。デッカに限らずデジタル初期のLPは流通量が少ない。特にCDが登場しLPの出荷量を上回った時期以降のLPはなかなかお目に掛かれない。CDでは音が細かったり潤いの足りないと思われる録音でもLPでは粘りのある音を聴かせてくれる。

ということで。

             クリックすると元のサイズで表示します


アシュケナージ指揮アムステルダムコンセルトへボウO.のラフマニノフ交響曲第1番である。
CDでは2枚組全集を持っている。CDでも十分に濃厚な音であるがLPではどうか、と思うと欲しくてたまらない。ジャケット写真もいい。
いくつかのショップを渉猟しているが見かけたことがない。当時、ラフマニノフは交響曲作家としてはマイナーだったこと、それに加えて指揮者アシュケナージの力量もまだまだ未知数であったと思う。流通量が絶対的に少なかったのだろう。これは国内盤だが輸入盤も気になっている。中古LPの流通は輸入盤が中心だ。この頃の輸入盤はそれはもうペラッペラだ。けれどいい音がする、と思う。古い盤は重く固い。すると出てくる音も固い、感じがする。それも悪くないが、ペラペラ盤のなんだか粘りのあるしなやかな音が好きだ。国内盤は輸入盤に比べると幾分しっかりしている。

昔、題名のない音楽会で黛敏郎がラフマニノフをラハマニノフと発音していたっけ。

2013年11月17日日曜日

探し物 LP編①

今日は暖かい日だ。
でも先日の寒波以来、腰痛と頸の痛みが続いている。行きつけの接骨院の先生によれば同じ姿勢を取っているのが良くないそうだ。音楽を聴くときは椅子に座った数時間はざらだし。この前ちょっと重い物を待った時に捻ったのも良くなかったかもしれない。また接骨院通いとなりそうである。そうそう接骨院の治療は急性の症状に限られる。

今回は自分がずっと探している(欲しい)LPを紹介する。時折、自分は単なる物欲・煩悩の塊人間ではないかと思うことがある。昨今CDはBOXセット流行りだ。しかも安い。つい買ってしまう。ダブりも気にせずに。でもお気に入りの曲以外はあまり聴かない。しまいには買っても封もあけないセットまで出る始末。なんだかなぁ。阿藤快に敬意を表しつつ、なんだかなぁ。買ったセット物を聴く聴かないは置いておくとしても消費者にとって良いことなのかと思うこのごろ。
CDが演奏の良し悪しではなくお得感第一で売られ、買われている。1枚あたり何百円でお得ね、というのはグラムあたり何円の豚コマを買う時の思考と変わらないんじゃないか。なんだかなぁ。
まあCDが売れないんだから仕方ないのかもしれない。でもお客一人当たりの購入額は確実に減っているんじゃないだろうか? お得感を前面にしたCD販売の傾向は今後歯止めがきかないように思う。ネット販売のお店も潰れるなんて日が来てしまうんだろうか?ダウンロード音源のコレクションなんてゾッとしない。
ナクソスもブリリアントクラシックスも昔はバジェットプライスの雄であったが、今はすっかりミドルプライスになってしまった。

自分はどうなんだというと、ここ1年ほどはCDはほとんど買いません。BOXセットも買いません。すみません。新譜は月に1枚も買えば良いほう。中古CDはLPを含めて2、3枚か。すっかり中古LP購入にシフトしてしまっている。反省。探しものを紹介しようと思ったが、また次回にさせてください。ごめんなさい。

昔2800円のLPを買って、10回聴いたから1回280円だ、得した。なんて二ヒヒと一人悦に入っていたころが懐かしい。

2013年11月15日金曜日

O.klemperer/NPO AB9

寒い!
歳をとると寒暖の差がことのほか堪えるようになった。

今回はクレンペラーのブルックナーの9番である。これはいろいろと問題のある盤。
演奏は遅い。遅いことは全く構わないが、アンサンブルがかなり酷い。70年の録音。アンサンブルの精度には比較的うるさかったと思われるクレンペラーだがミスが散見される。それも構わない。
けれどもPO.NPO.との他のブルックナーの録音と比べても9番だけがいやにモッサリとしている。5番は所有していないのでわからないが4番・7番あたりは他の指揮者と比べても幾分スマートな演奏となっている。何があった?クレンペラー?
似たような現象はマーラーにもある。7番だ。あれも他の録音と比べると異質な印象を受ける。遅いと言われる(自分は全然思わないのだが)クレンペラーの代名詞的な録音だ。でも他の曲は比較的真っ当な演奏なのだ。ブルックナーの9番、それにマーラーの7番は本来のクレンペラーの解釈なのか疑問に思う。発売されるからには許諾を出したのだろうが本人的にはどうだったのだろうか?

一番の問題は録音なのかポスト・レコーディングの問題なのか録音のバランスがかなり不自然なこと。RIAAカーブではないのじゃないか。LPを聴くときはトーンコントロールの高音を少し上げ、低音を下げて聴いている。70年の録音でRIAAではないことはないと思うが、実際聴くときはこれがしっくりくる。CDではさらにおかしなことにLPのバランスとは明らかに異なるバランスで不自然さに拍車がかかる。加えてマスターテープに起因すると思われる音の揺れがひどい。LPとCDではLPの方がまだしも鑑賞に堪える音質だ。

さて、ここで問題になるのは、ちょっと前に発売された輸入盤のBOXセットに入っているブルックナーの9番の音質である。LPがあるから構わないように思うが、気になって仕方がない。買ってみてハズレだったら、と思うと・・・。心配である。



             ブルックナー:交響曲第9番(ノヴァーク版) クレンペラー / NPO [廃盤]


しばらくブログの更新が滞ってしまった。ここのところ音楽を聴こうという意欲が減退した感じだ。すこしづつ聴いていこうと思う。ブログもそれに合わせて書きたいと思う。宜しくお願いします。



2013年11月3日日曜日

O.Klemperer/VPO AB5

ショルティのブルックナーの9番を聴いていて、ショルティがブルックナーをどのように考えていたかを調べようと自伝を読み返してみた。買ってずいぶん経つ。何度か繰り返し読んでいる。

ブルックナーについて50年代にテオドール・アドルノに演奏するように勧められたようだ。それまでは退屈な音楽と思っていたようだ。ショルティはブルックナーを演奏について以下のように書いている。

指揮者は金管が目立ちすぎないように気をつけねばならない。要所要所でためらうことなく、ダイナミックス大きく変える必要がある。金管は独奏部その他の重要な旋律部分では、前面に出る必要があるが、伴奏に回るときは弦や木管の音を圧倒してはならない。(中略)オーケストラが金管アンサンブルのようになってはいけないのだ。

                             (木村博江 訳 ショルティ自伝 pp.250)


とは書いているが、実際の演奏は自分の耳には金管が突出しているように思う。ショルティ自身はあのバランスが最適だったのだろうと思う。
この本、まだまだ面白いエピソードがある。小出しにしていこう。


さて、この2週間ほどは多忙でゆっくりと音楽に浸ることができなかったが引き続きブルックナーを中心に聴いていた。なかでも良かったのがナクソスのティントナーの演奏。残念なことに全集の完成直後、病気を苦に自殺してしまった。このブルックナー全集が遺言になってしまった。のちにメモリアルエディションとして他の作曲家の演奏も発売されたがもうほとんど顧みられることはないようだ。オケはスコティッシュナショナルo.が中心。演奏は自然体で力みは一切ない、と書くとすっきりしすぎていて物足りないように思うがそんなことはなく、非常に充実した(演奏もだが、特に)音楽となっている。いい意味で指揮者が見えない演奏。なかでも初稿版による3番が良い。全集のチョイスとしては外してはいけないと思う。

もう一つはクレンペラー/VPOの5番。68年ウィーン芸術週間のライブ録音BOXセット。テスタメント。クレンペラーのブルックナーというとテンポが遅いとか、無理やりなカット(8番)が響いて悪い印象が先行しているようで甚だ評判が悪いようだが自分はなかなか良い演奏だと思う。クレンペラーについての全般的な印象を一言でいうならば「クレンペラーさん、良くわかってらっしゃる」といったところか。
晩年のフィルハーモニアO.ニューフィルハーモニアO.との演奏記録が残っているだけでも自分にとっては僥倖(残されていなかったらこの指揮者を知ることもなかったハズ)だが、VPOとの演奏記録である。晩年の体調などを考えると奇跡に思える。
この演奏、大変な充実ぶり。クレンペラーはギャラの安さを理由にウィーンには行きたがらなかったようだが、いざ振るとなるとかなりの本気モード。VPOも巨匠の指揮にビッタリとつけている。放送録音だが音は良い。会場の雰囲気がよく捉えられている。テンポは言われているほどには遅くはない。緩徐楽章である第2楽章がかなりの快速テンポ(14分53秒)なのでその他の楽章が相対的に遅く(というかゆっくりに)感じられる。
全体の演奏時間は74分32秒。以外なことに主な手持ちの盤のなかで最速だ。ちなみに早い印象のあるヨッフム/バイエルン盤でさえ76分52秒(第2楽章は19分32秒)。最も遅いチェリは87分39秒(第2楽章は24分12秒)。チェリ盤と比較すると全体では13分ほどの差になるが第2楽章だけでは約9分40秒違うが残りの1,3,4楽章では4分ほどしか違わない。いかにクレンペラーの第2楽章が速いかがわかる。

クレンペラーは決してテンポが遅いわけではなく楽章間での時間配分を変えているといった方が良いのかもしれない。この操作によって弛緩することなく堂々とした音楽が構築できるのだろう。聴いている方は訳がわからないうちに凄い、という風になってしまうのだ。クレンペラー・マジックといったところか。参考までに同じような手法をベートーヴェンの9番でもとっている。
            
                   
 

                         クレンペラー&ウィーン・フィルBOX(8CD) 





2013年10月19日土曜日

K.Böhm/VPO R.Strauss Ein Heldenleben

ベームは凄い。いや、ベームとウィーンPOのコンビはやはり凄い、といった方が良いか。西遊記のお釈迦様よろしく掌の上でウィーンPOを自在に操っている。この頃のベームにはまだそれだけの力があった。後年、自在に操っているつもりのベームと操られるているように振る舞ったVPO。決して否定的な意味ではない。自分は以前、両者の関係を“コンビ芸”と評した事があるが、これはどちらかが欠けても成り立たないからだ。
英雄の生涯が録音された76年ごろはベームの気力も充実しており、まさに両者の蜜月の時期かと思う。それだけに両者の呼吸はぴったりと合っているのだろう。互いが求め、目指すところが完全に一致している。まるでアイススケートのペアの演技を見ているような錯覚を覚える。録音もまろやかにブレンドされホールの雰囲気がよく表されている。ジャケットも良い。
これはベームとウィーンPOの栄光の記録。残されるべくして残った名盤だと思う。

晩年、衰えも目立ち、十分にオーケストラを統制できなくなったベームをVPOはそれでも支え、盛り立てた。
このような関係を築けた両者は幸せだったことだろう。


2013年10月14日月曜日

G.Solti/CSO A.Bruckner Sym.No.9

先ほどからショルティのブルックナーの9番を聴いている。ショルティのブルックナーというと敬遠される方もいるかと思う。ショルティは全集を完成しているが、自分は4・5・7・8・9番しか持っていない。5曲を聴くといずれもアンサンブルとしての完成度は高いものの、相性の良しあしがあるようだ。

この中でもっとも上手くいっているのは7番のように思う。ショルティはキリリと締まった明快な解釈によって、ブルックナーの交響曲のなかでも歌謡性に富む7番をすっきりと歌わせることに成功している。後半の3・4楽章はリズムで聴かせる音楽になっているので前半楽章キリリ、の方がバランスが良く、ちぐはぐな感じを受けにくいのではないかと考えている。辛口の日本酒のようにすっきりである。
4番はそのキリリが行き過ぎている。オケのメカニカルな優秀さが全面に出すぎ君でロマンティックさが後退した演奏となってしまっている。
8番は落ち着いたテンポで始まる。金管楽器群の突出は相変わらずだがこの曲には合っている。
8番だけサンクトペテルブルクBolshoi Hall of the Philharmonyでのライブ録音。ショルティにはウィーンPO.との録音もあるが未聴である。今度比較してみたいと思う。
5番は構成感重視のであるが、アンサンブルのメカニカルな部分は非常によいが、金管楽器が突出傾向で楽器群のバランスが悪いように思う。それがこの曲のダイナミクスの枠を超えてしまっている、そんな風に感じている。残念賞。

で、9番である。曲のもつ厳しさとショルティの感性がガッチリとかみ合った演奏だろう。金管楽器群がうるさいと感じる向きもあるだろうが、アンサンブルは頭の先から尻尾まで充実しておりクール。ひんやりとした音調の録音もそれを後押しする。ショルティ/シカゴの機能美が光る1枚。

ブルックナー演奏のキモについて上手く言えないが、最近考えていることがある。それは、曲には器の大きさがあり、その器に収まるように演奏することが大切なのではないか、ということ。溢れてはだめだ。楽器間のバランスや響き、アンサンブルの精度の高さももちろん大切だし必要だけれども、それが行き過ぎると音楽を壊してしまったり、損ねたりしてしまうのではないか。他の作曲家もそうなのだろうが、ブルックナーはそのあたりがよりデリケートなのだろうと思う。
マーラーあたりは、もちろん曲を聴いているが、指揮者の解釈だったりアンサンブルに耳が行きがちだ。ブルックナーの場合、音楽がどう再現されているかというところに耳が行く。曲優先といった感じだ。
あんまり頭でっかちではいけないが、ショルティを聴いて考えたしだいである。


2013年10月13日日曜日

娘にねだられ善光寺参り

この3連休を利用して善光寺を詣でた。この夏にも行ったが、境内で熱中症のような症状となり本堂までいって参拝することはかなわなかった。幸いこの日は過ごしやすく、無事参拝することができた。
詳しくは判らないが、本堂参拝時に読経に合わせて本尊の開帳(?)がされていた。その際、お坊さんの読経はスピーカーを通して本堂に響き渡る。きっとBOSEのシステムに違いない。だって・・・。

娘の目的はお参りよりも長野名物のおやきにあったようだ。参拝が終わって仲見世通りでさっそくおやきを購入。2個をペロりと平らげた。この連休、善光寺周辺は駐車場も満車ばかり。七五三のお参りの家族連れが多かったのも要因のようでひどく混雑していた。娘の晴れ着姿も今は昔、近頃は食い気である。トホホ。帰る途中、リンゴ園によってリンゴを1箱購入。さわやかな酸味と甘みが秋を感じさせる。今年の出来も良いようだ。

混雑を避けようと時間つぶしに長野市内の中古レコード店に立寄った。そこでLPを購入。久しぶりのソフト購入。買ったのは、ベーム/VPOの英雄の生涯、ショルティ/CSOのブルックナー9番、ポリー二/アバド/VPOのブラームスピアノコンチェルト2番、カレーラスのトスティ歌曲集の4枚。それからブックオフでベルグルンド/ヘルシンキPOのシベリウス4&7のCD。これで渋滞のドライブの疲れもどこかに飛ぶというもの。楽しみだ。

レヴューはまた後ほど。






2013年10月12日土曜日

K.Böhm/VPO JB Symphony 1-4

セルの全集について先日述べたが、今日はウィーンpo.(VPO)によるJBの交響曲について。
VPOはEMI、DG、DECCAに全集を録音している。バルビローリ(EMI)、ケルテス(DECCA)、ベーム(DG)、バーンスタイン(DG)、ジュリーニ(DG)、レヴァイン(DG)。このうち全集として所有しているのはバルビィ、ベーム、バーンスタインの3種。ケルテスは以前持っていたが引っ越しの折に処分してしまったようで見当たらない。ジュリーニは2番が欠けている。レヴァインは1,2番が欠けている。
VPOは複数の指揮者との全集の録音が多いのではないかと思う。レーベルやセッションかライブ録音かの違いにより音の傾向は異なるが指揮者の違いを堪能するにはうってつけと思う。曲数が少ないこともあって比較的短期間で録音されることが多く、出来不出来の差も少ない。

自分のお気に入りはやはりベーム。アナログ録音後期のセッション録音で各楽器がしっかりとした存在感を持って録音されている。ホールの残響も適度にある。LPは残念ながら持っていないが、特に高音弦楽器の響きが見事。ベームも円熟した指揮ぶりだ。“知・情・意”のバランスがまさに絶妙。特に4番の堅牢な構成感のなかにもしっかりと歌わせるあたりはさすがと思わせる。歌劇場叩き上げの指揮者として、歌謡性に富んだベームの真骨頂と言えるかもしれない。VPOも“ベームの爺さんのために一丁やっか?”みたいな感じである。 
最晩年のベームとVPOは良い意味でコンビ芸だと思っている。オケを十分コントロールできないベームとそれを盛り立てるVPO。しかしこの全集のころは十分にベームの意思がオケに浸透している。ベームの練習はちくちくと新人いびりをしていたらしい。ちょっとイヤなヤツだが、オケも仕方ねえなぁというかんじだったようである。愛されていたのだろう。全集として買うなら、これが一番のおススメである。

と言いつつ、自分はベームの全集はバラでそろえた。3番は高校生のころ京都新京極あたりの十字屋で買った。修学旅行に行った先で買ったわけだ。修学旅行のお土産にCD・・・。今思うと変な高校生だ。変なアクセサリーやキーホルダー、木刀なんかよりよっぽどよいと思ったのだろう。それだけに愛着も深いのだが。

その他のCDについてはまた書きたいと思う。






2013年10月5日土曜日

G.Szell JB Sym.1-4

JB祭りで収穫だったのは久々に聴いたG.セルの交響曲全集。自分が若い頃はなんとも端正に整った演奏でロマン性に乏しい印象が強いという印象だった。セルは大好きな指揮者。やはり古典派の交響曲、シューマンやドヴォルザーク、それに国民楽派の管弦楽曲などは良いがJBには合わないなと思っていた。憂いというか何かブラームスに必要な大エッセンスが欠けているように思っていた。しかし、これが今聴くととってもイィ!
セルという指揮者は吉田秀和が言っているように青磁を思わせる。その佇まいは気品にあふれ人を寄せ付けず凛としている。クリーヴランドo,を鍛え上げ、鉄壁のアンサンブルを作り上げたセル。音楽づくりに容赦はなかったという。もちろん実演を聴いたことなどないし、録音によってしか知らない。乱れのない鉄壁のアンサンブルは驚嘆に値する。が、すべてがすごい演奏というわけではないように思う。完璧なアンサンブルというレベルにとどまってしまっているものも少なくない。むしろ多いかもしれない。けれども何枚かに1枚、そこから突き抜けてとんでもなく凄い演奏をする。そんなところに快感を感じる(ちょっと恥ずかしいけれど)自分がいる。他の指揮者では感じることのない感覚がそこにあるように思う。Tokyo Liveのシベリウスがまさしくそうだ。あとLvB.9もそう。鉄壁のアンサンブルのその先。まるで別次元の世界。声も出ない。
セルはエピックレーベルへの録音が多い。セルというと必ず録音の悪さが話題となるが、自分はあまり気にしていない。晩年、EMIに数枚の録音を残していて、エピックより良いとされる。エピックの録音は今一つだが、セルのソリッドな演奏にはEMIの録音はふくよかにすぎる。シューベルトのグレイトをエピックとEMIで比べると録音年に隔たりがあり解釈やテンポの設定もかなり異なるが、エピック盤のほうjが総じて響きが薄いものの、それがセルのイメージや演奏スタイルにマッチしていると思う。

さて、セルのJBだけれども、この齢になるとコッテリチャーシューメンが胃にもたれてくるように、濃厚な演奏はちょっと遠慮したくなる。若い頃は濃厚コッテリ、ドンと来い!であったから、さっぱりすっきりセルは物足りんかった。それがだんだんと澄んだスープが心地よく胃に染み渡るようにセルのJBがすんなりと身体に入ってくるようになった。そんな感じだろうか。
たとえが分かりにくいな。


                           Comp.symphonies: Szell / Cleveland O +overtures, Haydn Variations 
      自分の所有しているのは画像とは異なる。これは現在入手可能なもの。



2013年9月29日日曜日

JB祭りじゃ~!

我らがJB! といってもファンクの帝王、James BrownではなくJohannes Brahmsである。
音の問題は一応、解決した事とし、この休みはブラームスの交響曲を集中的に聴いている。秋の涼やかな休日に相応しかろう。 
某音楽評論家からは陰気と言われているが、大好きだ、自分は。作曲技法のうまさもさることながら、メロディの美しさにかけてはもうひれ伏すしかない。交響曲では第3番がお気にいり。3楽章の甘美で憂愁あふれる音楽も良いが自分は4楽章がこの交響曲のキモではないかと考えている。狭い音域を上に行ったり下に行ったりウネウネと続く旋律はウジウジ君だったブラームスの真骨頂だ。ぶすぶすと燻るこの想い。女性(クララ・シューマン)に恋心を抱いていたJB。それを伝えることのなかったJB。まるで自分のことのようだ。ピアノコンチェルトの1番も好きだった。中年になり聴く機会はずいぶんと減ったが青春のリビドーが全開だ。爆発している。思春期には飽きることなく繰り返し聴いたものだ。しかしクララも気が付かなかったはずはないと思うがどうだろう。気が付かなかったとしたら彼女も相当な鈍感力の持ち主である。でもこの恋が成就していたらJBのあの音楽はなかったにちがいなく・・・。そう思うと複雑ではある。JBの音楽の半分はクララの鈍感力の賜物であろう。

昔、音楽の教科書には著名な作曲家の肖像が載っていた。なかでもJBはムソルグスキー(MM)とシベリウス(JS)とならんで強面ベスト3。落書きの対象であったな。サングラスなんか掛けさせるとカントリーの重鎮みたいになってたっけ。

交響曲は録音が良いと思われるがこれまで心地よい音では鳴ってくれなかったものを聴いた。
アバド/BPO(DG)、ヤルヴィ/LSO(chan.)、ザンデルリンク/ベルリンso.(prof)の3全集。すべてホールの豊かな残響を伴うものばかり。ずいぶんと聴きやすくなった。特にアバド盤はこれまで単に低音過多にしか聴こえなかったが、今回パワフルなBPOの響きがよく再現できたように思う。アバドのよく旋律を歌わせるところもよかった。ヤルヴィの2番はさわやかな秋空を思わせるすがすがしい演奏。ザンデルリンクは録音のせいかフワフワした感じもするが奇をてらうところがなく、しっかりとした足取りの演奏だ。  














2013年9月28日土曜日

9月も終わり・・・

9月も終わりである。後半はすっかり秋の気配・・・。涼しく過ごさせていただいた。
でもオーディオは熱かった。自分的にはかなりの成長か?春から取り組んでいたセッティングが一応満足のいくものとなったように思う。これからは音楽に集中できるかな?
先日kazuさんがバロック音楽のCDを持ってきてくださった。普段ロマン派から近現代の音楽ばかり聴いている自分にとってはとても新鮮な響きであった。我が家のややクールな音調のシステムとの相性もよさそうだ。でもなにから聴いたらよいだろう?このあたり躊躇してしまう。最近は保守的というか変化を嫌う、というか面倒さが先に立つ自分がいる。歳をとったという事か?何も考えずに挑戦すればよいのに・・・。40代はこのあたりの葛藤がある。それも楽しめれば最高だけれども。

歳を取ったと言えば、老眼が進んだ。2年ほど前から老眼鏡(リーディング・グラスというらしい)が手放せないが、度数が進んでしまった。最近ではご飯時にも必要になった。米粒が良く見えないのだ。頭がデカい自分としてはメガネの締め付けが苦痛である。文字通り頭の痛い話である。

2013年9月8日日曜日

Audio System 

2週間前にKazuさん宅にお邪魔したことは以前のブログにも書いた。そのあと自分なりに満足いく音が出るようにセッティングの見直しをしてきた。最近音楽関連の記事がなかったのもそのせいだ。
ここにきて、ようやく満足のいく形になったように思う。もちろん細かな調整はまだ必要だ。
今回、スピーカーの位置を10㎝ばかり前に出し、さらにリスニングポイントを15㎝ほど前に出してみた。スピーカーからリスニングポイントまでの距離が25㎝も短くなった。それによって後壁への一次反射が減り、その結果やや奥行き感が増し、リスニングポイントがスピーカーに近くなったことで耳に達する直接音が増えた事が良い結果につながったように思う。定在波によるピークとディップについてはピーク(160Hz付近)はイコライザーで抑えることで耳障りな感じは気にならない程度になったように思う。ディップは基本的にそのままか、わずかに持ち上げている。さらに中音域(300Hz~800Hz)と高音域(1kHz以上)を全体的に0.5~1dB程度持ち上げた。あとは気休めにスピーカーの後ろにクッションを貼ってみたがこれが以外に響きを抑えているようである。
結果、ずいぶんと音の印象が変わったように感じる。高音がしっかりと張り出したことで低音域もしっかり出ているが重たくならず、さらには中音域との繋がりもスムーズになった印象である。聴き疲れしないところをみると全体的なバランスも良いのではないかと思う。

しかし、課題も多い。築30年で2階のいわゆる応接間なので、床と壁が非常に弱いことだ。とくに低音に締まりがない。近隣への音の漏れも悩ましい。床の対策としてはウェルフロートの導入を検討中で、スピーカーから床への振動はある程度遮断できるのではないかと思っている。だが壁も含めて家、もしくは部屋を新しく建てないことには根本的解決とはならないだろう。
   
                                                         
 


2013年9月6日金曜日

3D or 4D

週末である。今週末、妻はNEWSのコンサートに出かける。NEWSのファン仲間がいるらしく(自分はよくわからないが)、その方にチケットを頂いたらしい。さっき、連絡が取れないとテンパっていた。

さて、そんな訳で、週末は娘と過ごすことになった。映画に連れて行こうかと考え、新聞に載っている映画館の上映時間の広告を見ていたら、“貞子3D24D”とあった。なんのこっちゃ。貞子という映画(リングというタイトルでさえなくなっている)の3Dバージョンの第二作目で匂いだかなんだかも出るということで4Dなのだろうが、訳が分からなくなっている。R2D2かよ! 
別の映画館の上映時間を見ると“貞子3D23D”とある。よくわからない。4DはFour-dimentional space で4次元である。匂いだか何だかではそもそも4次元にはならない。まあどうでもいいことだが。

昔、4チャンネルステレオというシステムがあった。ウチにも家具調のプレーヤーとレシーバー、スピーカーのシステムがあった。もっとも4チャンネルでは聴いていなかった。中学生になって使っていないリアスピーカーをラジカセに繋いで聴いていた。本体の方は、中を覗いているうちにショートさせてしまい壊して(危うく火事になるところだった)、父親にこっぴどく怒られたのも今ではいい思い出である。

もう一つ。
サムソンが腕時計型の携帯端末を発表した。でも腕時計していたい派の自分はどうしたらよいだろう。両方の腕にするか?でもそれだと本田圭祐みたくなっちゃうしなぁ。

2013年9月3日火曜日

NFLがまもなく開幕

待ちに待ったNFLの開幕である。といってもそれほど熱心なファンではない。NHKBSの放送で観戦する程度のものだ。3年ほど前のシーズンから観るようになった。
アメフトは一見してルールが難しいようではあるが、基本は陣取り合戦と考えてよい。ラグビーみたいなものかと言われるとそのようでもあるしそうでないところもある。攻撃と守備を交互に行うあたりは野球のようだ。しかも攻撃する選手と守備をする選手が別けられている。アメリカらしく分業制なのだ。攻撃側は4度攻撃チャンスがある。そのチャンスのうちに10ヤード進めればさらに4度のチャンスが与えられる。そうしてボールを進めていき、相手のエンドゾーンにボールをもちこめれば得点となる。守備側はそれを止めるというわけだ。
アメフトの醍醐味はぶつかり合いだろうか。大きな男たちがガチでぶつかる。タックルだ。テレビで観ていても物凄い(ガツン!!とかガツッ!!と)音がする。”オ~ゥ”と思わず声がでてしまう。
もう一つはパス&キャッチとランだ。QB(クォーターバック)が投げたボールをレシーバーがキャッチするのだがこれがすごい。ボールが回転しながら飛んでいきレシーバーの手に収まる。絶妙なタイミングとコントロールなのだ。ランはQBから受け取ったボールをランニングバックがもって敵守備陣を切り裂いていく。華麗なステップとターン、直線的な突進などこれもすごい身体能力なのだ。
放送は基本的に深夜。なので録画して観ることになる。スーパーボウルまで、放送から目が離せない。

2013年9月1日日曜日

YO-YO MA THE SILK RORD Ens. ENCHANTMENT

以前、NHKで放送された新・シルクロードノサウンドトラック。ヨーヨー・マとシルクロードアンサンブルによるCD。シルクロード・アンサンブルは日本から地中海に至るシルクロード周辺国のアーティストと欧米の若手弦楽器奏者によって構成されている。
このCDはオーディオチェックによく聴いている。レンジが広く定位が良いことに加えてエスニックな管打楽器の響きに息音や非整次倍音などが多く含まれていて、再生時の低音から高音域のバランスをみるのによいと考えるからだ。声に含まれる摩擦音(シー!というときのアレ)や破擦音(チッのアレ)は思いのほか周波数が数千ヘルツと高い。弦楽器の音にならないような擦れる感じとか管楽器のブロウなど。

演奏も素晴らしい。エスニックな楽器と西洋楽器の混淆が不思議なオーラといおうか雰囲気を醸し出している。物悲しい旋律も勇壮な馬のギャロップを思わせるメロディもとても生命力が漲っている。そこに興奮する自分がいる。

西洋から見ると今では辺境であるが、シルクロード交易華やかりし頃の文化の中心はヨーロッパではなくイスラムやインドにあって、西洋クラシック音楽は中東を含むアジアに源流をもつことになる。そうするとこの音楽の滾るようなエネルギーに心動かされるアジアの人間である自分にもうなずけるというものだ。


              エンチャントメント~魅惑の響き~NHKスペシャル「新シルクロード」オリジナル・サウンドトラック 


2013年8月31日土曜日

L.Stokowski  The Magical Conductor 

暑かった8月もおわりである。でも9月も暑いのか…。

先週は仲良くさせていただいているKazuさんのお宅にお邪魔し、音楽を堪能した。
オーディオ・システムはSACDプレーヤーにプリメインアンプ、スピーカーとシンプルな構成ながら、出てきた音楽は圧倒的に美しいものだった。情報量が多く、それが適度な定位感を伴い、ウェットでシルキーな音で部屋いっぱいに広がる様に絶句した。ついつい、「毎日楽しくてしょうがないでしょう~。」とやっかみ大さじ1、嫌味少々を交え聞いてしまいましたよ。素直に感心しつつもチョットだけ嫉妬している自分がそこにいた。もっと精進が必要だな自分。

Kazuさんありがとうございました。今度はウチに来てください。

さて、kazuさん宅に伺うとき、持っていきそびれたCDである。


              レオポルド・ストコフスキー/マジカル・コンダクター(10CD)

ストコのメンブラン10枚組。RCA~キャピトル、さらにRCAくらいまでだろうか。このレーベルはアーティストごとのライセンス切れの音源を10枚組にして沢山出している。自分も数タイトル持っているだろうか。音質は聞くに十分と思う。なにせ1000円ちょっとであるアーティストの記録をある程度網羅できるのがうれしい。
聴きたかったのはショスタコの1番と11番。それにハチャトゥリャンの交響曲2番。アメリカは冷戦時代、不思議とソ連の音楽(ほんの一部の作曲家だけだけど)に寛容だった。演奏家もそうだ。壁の向こうからやってきた…、などと大いにもてはやされている。理由はなんだろう。アメリカという国のもつ何人をも受け入れる寛容さと、まだ見ぬものに対する好奇心の旺盛さであろうか。


ストコである。ついついストコと呼び捨ててしまうが、自分にとってはマジカルというよりはミステリアスな指揮者である。録音は多いが、あまり買いたいという気が起きない。ショスタコもハチャトゥリャンも今聞くと、温い。が、当時にしてみれば最先端をいく演奏だったのだろう。ストコと言えば変な改変をやらかすことで有名だが、現代モノに対した時は至極真っ当な演奏をしてみせる。古典派やロマン派の作品をストコは退屈なものと感じていた、もしくは聴衆にわかりやすく、楽しく聴かせたかったのだろうか。有名なバッハの編曲ものは今では騒々しすぎる。先端を行くと自負していたストコは聴衆を導いていこうとしたのかもしれない。
このCD、上に挙げた2人のほかにもストラヴィンスキー、ムスルグスキー、ドビュッシー、バルトーク、イベール、リスト、エネスコ、シェーンベルクなどなど、近~現代の管弦楽作品を中心に収録されておりお買い得だ。





2013年8月22日木曜日

A.Boult RVW4,6,3

 最近、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ(RVW)の交響曲のLPを立て続けに入手した。ボールトが指揮したものだ。

最初に買ったRVWの交響曲はヴァーノン・ハンドリー(この人も亡くなってしまった。訃報を聞いたときはしばらくの間涙が止まらなかったものだ。)の指揮する交響曲第6番だった。あの時の体験は本当に奇跡だったと今でも思うことがある。この演奏に出会わなかったなら今の私はどうであったろうか。このCDは残念ながら手元には、もう無い。全集が出た際処分してしまった。
確かエミネンスシリーズの1枚で1000円もしなかったと思う。プレーヤーのトレイに載せプレイボタンを押す。数秒後、凶暴な和音。その音は怒りと絶望に満ちていた。終楽章の荒涼とした音の廃墟!全くなんという音楽だろう。声も出なかった。打ちのめされた。
それ以来、RVWの音楽にのめり込んだ。交響曲の全集も5種を数える。そのなかでもしかしボールトがよい。ちなみにハンドリーはボールトの弟子に当たる。

ボールトのRVWである。全集はCDで持っている。だがどうしてもLPで聴きたかった。ボールトの演奏はRVWの音楽が持つその時代の熱気を、狂騒を、叫びを、悲しみを、憧れを、信仰をストレートに伝えてくれる。それをLPで聴きたかった。CDではやや薄く響くものの見通しのよい音だが、どの曲もLPでは音の定位や見通しはそれほどではないが、音が実体感を伴って広がる。

写真は上から、交響曲第4番、6番、3番。




2013年8月21日水曜日

Behringer Ultracurve Pro DEQ2496

しばらく更新が滞ってしまった。しっかりしたものを書こうと思うと毎日は少々しんどい。今後はじっくりと書いてみようと思う。

我が家のオーディオシステムの核となるのがベリンガーのDEQ2496である。導入して4年ほどになるだろうか。デジタルイコライザーだがそれ以外の機能も豊富だ。でもオーディオユースでは使うことがない。このDEQ2496の最大の売りは価格だろう。実売価格は5万円を切る。難をいえばデザインがイケてないのと、つくりがチープであること。

25年ほど前だろうか、自分がオーディオに目覚めた頃、グライコが各メーカーから発売されていたが、みんな(というか私の周りにいた人)正しい使い方(というか使う手順)がわからないまま、思い思いにいじるというレベルだったように思う。決して使いこなすというレベルにはなかった。当然、音は不自然なバランスとなり、‟グライコを挟むと音が悪くなる”ということなってしまった。
CD時代に入り電気信号をシンプルに増幅するのが良いする風潮となり、グライコは消えていった。

現在は積極的にイコライザーを使い、定在波や不要な共振による音の濁りを抑えるとともに、高音域の音量を抑えるようにしている。DEQ2496を挟んでも音質の聴感上の低下はない。

部屋の特性によってスピーカーから耳に音が届くまでの伝送特性は異なる。シンプルな伝送そのものは確かにその通りだと思うが、スピーカーからでた音は耳に届くまでに部屋の影響を大きく受ける。装置だけでは部屋の影響をコントロールすることはできないと思う。オーディオに適した部屋をつくることに越したことはないが、イコライザーによる調整が一番手軽といえるかもしれない。



             上がDEQ2496、下はプリアンプのマッキントッシュC-36

2013年8月18日日曜日

お盆休みも今日で終わり・・・

お盆休みの4連休も終わりである。趣味の面では充実した休みだった。本も3冊読むことができた。
音楽も買い溜めたLPもあらかた通針できた。コンドラシンのショスタコ4番と9番、M.ショスタコーヴィチのショスタコ15番、コーガンのショスタコのVn,コンチェルトの1番などなど。印象はまた後日。
しかし盤のゆがみ(反り)が酷かった。針跳びは起こさなかったが、かなり盤がうねっていた。ここまで酷くないが、手持ちのLPにもいくつかゆがみ(反り)の気になるものがある。ゆがみを完全に直すことは難しい。ズボンプレッサーの要領でゆがみを直す機器も市販されてはいるが如何せん高価だ。ガラス板で挟んで日光に当てるといった方法がネットでヒットしたが、ちょっと気が引ける。やはり重石をして数日ほうっておく方法がよさそうである。今回、この方法である程度のゆがみは改善できた。昔、外周スタビライザーなるものがあった。これがあればいいなあ。欲しいなあ。
上で紹介したLPはすべてメロディアの録音であるが、意外と音が良い。4番に関しては途中で位相がおかしい(怪しいではなく明確に変!)のだが上手く録音できているように思う。

さて明日から仕事だ。寝よう。

2013年8月17日土曜日

G.Solti/CSO GM6

Solti/CSOのマーラー交響曲第6番である。
手持ちのCDでは線が細く、ややエキセントリックに過ぎるがLPでは音楽のボディがしっかりとした印象となる。
CDの音はレンジは十分ながら響きが薄い印象を持つ。演奏はショルティの本領発揮ともいえる、鋭角的・無機的ともいえる主観を交えない(しかし全く客観的な演奏というものがあるだろうか?)ような解釈に鉄壁のアンサンブルで応えるオーケストラ。ロマンの欠片も見いだせないが、それだけに6番のコレクションの中では孤高の位置を保っている。
けれども、何か違うというかもう少し肉付きの良い録音なのではないかと思っていた。
LPはショルティの演奏の特質を捉えながら、オーケストラの響きと豊かなホールエコーを上手く収めている。CD・LP共通していえるのは5番とほぼ同じころの録音(6番は1970年4月、5番は同年3月、4月)だが5番に比べ音の混濁や歪みがなく、各パートが明瞭に捉えられている。5番の録音結果を踏まえて修正してきたのではないかと思うがいかがだろう。



             


                                        

 

2013年8月16日金曜日

imported or domestic

他のジャンルはよく知らないが、クラシック音楽の中古LPといえばほぼ輸入盤になる。国内盤も流通はしているがネット通販の専門ショップでは国内盤LPはお目に掛かることはない。地方の中古レコードショップでは国内盤も扱っている、というか国内盤のほうが圧倒的に多い。クラシック専門ということはなく、オールジャンル取扱っている。どちらかというとロックやポップスが中心でクラシック音楽自体の扱いが少ない。
輸入盤は国内盤に比べて音が良いらしい。そう思われることもあるが、正直なところなんとも言えない。国内盤でも十分に音が良いと感じることも多い。ネットなど眺めていると数万円、時には数十万円もするLPを見かけることがある。これが結構売り切れになっていたりする。国内盤で数百円のものがである。持たざる者のやっかみなのかもしれない。自分には縁のない世界だ。確かに良い音で聴きたいと愛好家は思うだろう。費用対効果を考えたとき、それだけの価値があるとは思えないだけだ。
盤の状態は国内盤の方が良いことが多い。これは、通針回数が少ないのだと思う。特に70年代後半からはカセットテープへのダビングとセミオート・フルオート機能のプレーヤーの普及が大きい。よって盤の荒れはほとんどない。ノイズの少なさはでは国内盤がよいのは間違いないと思っている。
この前、某エコリサイクルファクトリーで買ったLPは盤がベニャンベニャンに歪んでいた。覚悟はしていたがここまでひどいとは。値段もそれなりなので諦めるしかない。検盤もしないしね。

ということで、買ったLP(輸入盤でも国内盤でも)が満足ならそれで良いし、不満があれば買い直す。しばらくはこれで行こう。

2013年8月15日木曜日

今日からお盆休み~

暑い日が続いている。今週でこの暑さがひと段落するかと思いきや、来週も暑いのだそうだ。元来、物凄い汗かきで、シャツはビショビショ、ハンカチはグッチョリ、日に数回の着替えが必要なほどなのだが。この暑さにも身体が慣れてきたようで、この暑さも心地よい。まあ思いのほか湿度が高くないというのもあるだろう。
よく、こんなに暑いのに音楽が聴けるわねと家人に言われる。つまり‟クラシック音楽=暑苦しい”という事らしい。そんなことないいんだがね。
まあ音楽を聴くにあたり、部屋の窓を全開というわけにもいかないので、部屋を閉め切ってエアコンのお世話になっているから快適に音楽に没頭できるわけだが。
クラシック音楽と一口にいってもいろいろあるわけで、暑ければ暑いなりの選曲がある。ちょうど冷たいもの、辛いもの、脂っこいものなどその時の気分で選ぶ食事のようなものか。

さて、今日からお盆休みである。4連休。もちろんトップリと音楽に浸りたいけれども、そうもいかないのだが。

2013年8月12日月曜日

B.JANIS/ K.KONDRASHIN /MOSCOW po. S.PROKOFIEV PIANO CONCERTO NO.3

Mercury Living PresenceCDは私のコレクションの大きな柱となっている。枚数を数えたことはないが、50タイトルほどはあるだろうか。BoxSetの1が出たときは迷った末に購入を見送った。2も出ているけれども買っていない。MercuryのCDは国内盤よりも輸入盤の方が音がよいように思う。中古ショップを巡り、コツコツと集めている。
今回はジャニスのプロコフィエフとラフマニノフの協奏曲。ヴィルトゥオーゾぶりを遺憾なく発揮した演奏である。伴奏はコンンドラシン指揮モスクワpo.

               

2013年8月11日日曜日

E.Amering/R.Jansen F.Schubert Lieder

ルドルフ・ヤンセンの伴奏によるエリー・アメリングのシューベルト歌曲集。CD初期(84年)の録音。
これは以前から探していたもの。ようやく聴くことができた。
アメリングの声がコロコロとよく転がる。発声にも無理がない。中音域にエネルギーがあるがバランス良く、ナチュラルなバランスである。デジタル初期のフィリップス録音はハズレが少ないように思う。

話は変わるが、このCDは初発輸入盤(416 294-2)のようだ。初期のCDは盤自体がしっかりしている。バックインレイの紙質もそうだ。最近のCDはなにか全体にペニャペニャしている。音にも影響がありそうだがどうだろう。


2013年8月10日土曜日

G.Solti/CSO GM5&6

solti/CSOのマーラー5番6番のドイツプレス盤(3LP)を買った。(もちろん中古)。盤質はそれなりながら、音はいまひとつ(特に5番)の印象。いわゆるビリつきがひどい。手持ちのCDの方が総合的に良い。改めてCDを聴いてそう思った。5番の録音は必ずしも成功とはいいがたい。レコーディング・クルーがシカゴのメダィナ・テンプルでの録音に慣れていなかったのだろう。しばらく録音会場が固定されない期間が続いている。
6番はLPの方が太いと言おうか、しっかりとした圧力を持った音がしている。CDの方はやや神経質な感じがする。LPは期待した通りの音だった。

LPはそもそも個体差が大きい。さらに中古となると…。一点モノという誘惑に抗しきれず買うもののハズレを引くことが多い。
基本的には検盤はしない。ショップを信用している故だ。多少の傷は気にならない。決して“キズ=ノイズ”ではないし、LPのコンディションは価格に反映しているからだ。これまで不当に高いと思ったことはない。ネットで調べても安いのだ。

まだまだ中古LPを買うことはやめられそうにない。


という事で、ブログを始めた。どうなる事やら…。