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2014年7月29日火曜日

カー・レイディオの魔法

短いっす。
今朝、運転中にラジオをつけるとマーラーの3番の第1楽章が流れ出した。なかなか良い演奏だ。録音は最近のものかと思われたが結局演奏者はわからないままに職場に到着。帰ってからNHKのサイトで調べるとブーレーズ/VPOだった。ブーレーズってあんなに良かったっけ?と思いながら手持ちのCDを聴いているが、今朝ほどではない模様。
帰りはヴァントのブルックナーの4番の4楽章。今日はヘヴィでした。
でも、車の中で聴くラジオから流れる演奏は3割増しよく聴こえるような気がしませんか?


2014年7月23日水曜日

お酒を飲むと・・・ L.Maazel/PO. GM5

暑い!もうそろそろ梅雨があけてもいいんじゃネ?と空に向かって聞いてみた。返事はなし。この時期、いつもこじらせるのは甲信越問題。甲信越とはご存じ山梨(甲斐)、長野(信州)、新潟(越後)の3県。このときの“越”は間違っても富山や福井ではない。富山と福井は石川と合わせて北陸だ。で、甲信越問題。例年、梅雨明けは大概「関東、甲信地方が梅雨明けしました」と、甲信越のなかでも越後以外が先に梅雨明けする。新潟県人はこれになんとなく納得がいかない。今年も案の定、甲信地方が先に梅雨明けした。いつなんだ?新潟の梅雨明けは!

さて、こう暑いとお酒が美味しい。最近はビールではなくハイボールであることが多い。つまみはらっきょの甘酢漬けとキュウリの辛子漬け。酸味と甘み、らっきょの苦さがハイボールのピリッとした炭酸の舌触りにとてもあう、と思っている。しかしこのらっきょ、嫌いな人も多い。妻と娘も一切口にしない。美味しいけどなあ・・・。

ということで、お酒を飲んで音楽を聴くことが多い、というか常習化。そんな時は不思議と音も良く感じる。ややハイ上がり?判断力の低下か。いや、お酒を飲むと聴覚が鋭敏になるのか。そこのところは謎。皆さんはいかが?

と音がよくなった(と感じた)状態でマゼールのマーラー5番です。全くのカタルシスとか熱狂やエクスタシーとは縁のない演奏に仕上がってる。旧盤と同じ傾向だが、新盤はさらに拍車がかかっている。決して淡泊な演奏ではない。これまで同様、ゆっくりとした音楽の運びの中に更にテンポを落とすデフォルメがさく裂する。加えてポルタメントが強調されるので一層退廃的で耽美的で官能的だ。しかし、それがカタルシスや熱狂、エクスタシーといった感情や心の動きには結びつかないところが凄ある。退廃、耽美、官能が感情にすんなりとは結びつかないところは気持ち悪いというか、納まりがつかない感じだ。自分の持っていきどころがない、座りの悪さというか落ち着かなさがマゼールのマーラーにはあると思う。
でもそんな演奏ができるマゼールって凄いんじゃないかと実感した次第。やっぱり伊達に爬虫類顔していたわけではなかったのだ。
でも、これって深読みしすぎ??



2014年7月18日金曜日

L.Maazel/PO. GM1&2

現在パートタイム・ワーカーの自分。いつも3時半上がりだ。が、いつもちょっとした寄り道をして帰ることが多い。今日は、先日頼んだマゼールのCDが届いていることを祈りつつ寄り道をせずに帰宅した。今日、妻は朝から具合が悪く、(仕事)休んだら?と悪魔の囁きを残しつつ自分は出勤。帰ってみると妻は横になっている。休んだようだ。早いお帰りね、と妻。あなたが心配で・・・、と自分。ウソ!CDが気になっていたんでしょ!と妻。・・・テヘ、さすが妻、バレたか・・・。子供のお迎えと夕飯の支度を約束して、早々に自分の部屋に引っ込んで開封。聴く。

依然、左右の音量差に悩まされている自分。聴く前には一旦、モノラルで再生して、音像が中央にくるように調整する儀式が欠かせない。先日、左右のスピーカーを入れ替えてみたが症状はそのまま。となるとドナルド、CDPかPreAmp.はたまたEQが原因かと思うのだがもういい加減に嫌気が差して、放っておくことにした。お仕置きだ!そのうちNさんのトコで様子を見てもらおうと考えている。

さてCDのはなし。これは紛れもなく、マゼールの(当たり前だけれど)、マーラーだ。ウィーンPO.との演奏と基本、変わらないように思われた。デフォルメ上等!テンポはさらに遅くなった。だが、強引なところは鳴りを潜め、歌い口は以前にも増して雄弁かつ自然で、優しい。淡泊な響きはオケの違いによるのかも?全体にマゼールの余裕といったものが感じられる。マーラーの交響曲、もう皆さんも良く知っているよね?じゃ、こんなアプローチはどう? といった感じ。音の響きで聴かせる感じだ。ちょうどブーレーズの幻想交響曲の新盤に似ているなあと思った。ライブ録音ながら拍手はナシ。曲の途中で咳などのノイズは入るがあまり気にならない。録音は水準はいっている。
 
この連休は新盤、旧盤とっかえひっかえ、マゼールのマーラー漬けだぜ! ウヒヒ・・・。


2014年7月16日水曜日

L.Maazel/Cleveland o. Tchaikovsky Sym.5

天気予報では今日も31℃の真夏日になるという予報だったが、朝から雨模様で気温も30℃まで行かず、大変過ごしやすい一日だった。でも天気同様、自分の心も晴れない一日だった。
昨日の朝、新聞でマゼールの訃報に接し、帰宅後何か聴こうと思いながらも音楽を聴くことができなかった。

ようやく、今日になって少し気持ちも収まったので何を聴こうか考えた。MUUSANがススメてくれた新マーラー全集(現在1~6番まで発売済)も買いそびれてしまっていて、旧全集も良いけれど食指は動かず・・・。マゼール好きながらディスクはあまり持っていないのです。
ということで、クリーヴランドO.とのチャイコフスキーの5番をチョイス。デジタル初期、80年の録音。劇的、感動的に演奏しようと思えばいくらでもできるこの曲。マゼールは努めて抒情的に演奏している。以前はよくもこんなに平板かつ無感動に演奏できるなと思ったものだ。他の劇的な演奏に慣れてしまっていた耳にはひどくつまらなく聴こえた。しかしこれほどつまらなく演奏できるマゼールの才能というか度胸に感心したことも間違いない事実。しばらく後のVPOとのマーラー全集でも決して感動的とは言えないけれど大きくデフォルメを施し、マーラーの肥大したグロテスクさを鮮やかに暴いてみせた彼。チャイコフスキーの甘ったるいセンチメンタリズムや高揚感をさらけ出すことなど容易だったはず。それを敢えてせず、センチメンタルな部分やダイナミクスをグッと抑えることでこの曲の持つ強靭な精神を浮き彫りにすることに成功しているのではないか?そんなことに気が付いたのはほんの最近のこと。

マゼールの演奏は表面上は非常に奇異な印象を受けるが、なかなか分かりにくいこと、理解されにくいことをやっていたのではないだろうかと考えることがある。評判もあまり良くなかった。でも、やっぱりマゼールの演奏には何か自分の心をひきつける何かがあった。

改めて、ご冥福をお祈りする。

新マーラーチクルスを注文した。マゼールの最後のメッセージをぜひ聴かなければなるまい。


2014年7月15日火曜日

ああ! なんということだろう

マゼールの訃報。先般のミュンヘン・フィル演奏会のキャンセルのニュースに、なんとなく覚悟はしていた。84歳。肺炎の合併症との事。
何か書こうと思い、パソコンを開いたものの、なんか、書けないですよ。ホント。

アバドに続きマゼールまで・・・。寂しいかぎりだ。

ありがとう。冥福を祈ります。

               

            

2014年7月13日日曜日

B.Walter/Columbia SO. LvB 6 &GM 1 ~大事にしているレコード 2

今日はお中元くばりのあと撮り溜めてあったドラマを観て過ごした。

オーディオの方は何とか形になってきたのでアナログを再開している。
本日はブルーノ・ワルターの2枚。ベートーヴェンの6番「田園」とマーラーの1番「巨人」。
田園は父が持っていたもので自分が買ったわけではない。子供のころ、今のリスニングルームは応接間となっていて、そこにはモジュラータイプの4chステレオのセットがあった。菅原洋一などと一緒にステレオセットのレコード棚(前面の蓋を開けるとレコード棚になっていた)にあったものだ。たぶん、それの付録だったのだろう、ワルターの厳めしい顔で指揮しているポスターもあった。子供の頃、仕事をしている父親の傍で聴いた記憶がある。聴いたというのは正確ではないな。遊んでいるところに流れていたというのが正直なところ。その頃はワルター何ぞは全く知らなかったし田園という曲の良しあしも分かるわけもなく・・・。田園よりはアグネス・チャンや山口さんちのツトム君をせがんでいたと記憶する。しかし刷り込みとは恐ろしいもの。様々な田園を聴いてきたが、自分の中でこれを超える演奏に未だ巡りあっていない。巡りあうこともないだろう、そんな演奏だ。
さすがに録音は古くなった。リタイアして第一線を退きビバリー老年白書を満喫していたワルター。余生の余技とも思える余裕の指揮ぶりがこの曲にまた、マッチしている。オケも技量については様々言われることが多いが、水準を行っていると思う。

もう一枚。マーラーの方は自分のコレクション。もらったお年玉で買ったと記憶している。
CDが出始めた頃の廉価盤でジャケットにNew Remixed Masterとある。どのようなものか不明ながら、ジャケットには要約すると以下のように書いてある。録音当時のプロデューサーであるジョン・マックルーアがオリジナル4chマスターテープより新たにトラック・ダウンしデジタルマスターを作り直したものを使用しているとある。嶋護によれば、これも要約するが、これまで発売されたLPは低域をバッサリとカットしトラックダウンされたものをマスターとしていた。国内盤CD(世界初CD化)の発売の際、マックルーアはオリジナルテープからCD用のマスターを作った。これはワルターがプレイバックの時に聴いていた音と同じものなのだそうだ。はっきりしたことは分からないけれども、この「巨人」のNew Remixed MasterとはCD用のリマスター、もしくはそのマスターからの派生物ではないかと踏んでいる。嶋によればオリジナルマスターの音はCDの国内初発盤とその後の再発盤(ソニークラシカル:SCとなる前までのもの)に限られるようである。但し、それが音が良いのかと言われると難しい。素材そのものなのですね。まあ聴きやすいのは別です。SC盤は聴きやすく上手くまとめられていると思う。パッケージメディアとして、十分にいい音がします。
このマーラーも今聴くとなんだかゆったりとして、細部には拘らず第1楽章から終楽章まで大きく弧を描くように描かれる。一面、厳しさに欠けるような抉りの浅いように聴こえてしまうが、やはりマーラーの直弟子だっただけあって説得力がある。そこに脱帽しひれ伏してしまう演奏だと思う。
この巨人について、指揮者の岩城宏之は新潮文庫「カラー版作曲家の生涯 マーラー」に寄せた一文で、ワルターと演奏したことのあるウィーンフィルの古参団員から聞いた話として次のように書いている。
「第一楽章は大地がただただ寒いのだ。春には遠い。最初のオーボエ二本の上行音は、まだ雪におおわれて土の中に眠っている種が目を覚まし、(中略)二楽章も春たけなわであるけれど、どこか悲惨な空気がある。すべてが圧迫されたユダヤ民族にたいする世界を表している。三楽章はチェコのどこかの田舎のユダヤゲットーでの物語である。コントラバスのソロで始まるが、死んだ仲間をみんなでかついで墓地に埋めるために、ゆっくりと行進する。(中略)第四楽章の冒頭のシンバルのフォルティシモは、あらゆる圧迫から立ちあがって、ユダヤ人の国をつくるための戦いの始まりなのだ・・・。」
pp196より引用

ワルターから、マーラーが練習でどのような注文を出したのかという話を聞いた楽団員が、それをイワキに話したようだ。なんだかとっても魅力的な話だが、出来過ぎ君のようにも思える。又聞きの又聞きの伝聞情報である上に、このような話はこれ以外に見聞きしたこともなく、自分は少々アヤシイ話として捉えている。

このLPのジャケットのトルソ、なんのトルソだろう?ギリシャ彫刻かとは思うのだが良く判らない。知っている方がいたら教えて下さい。



2014年7月12日土曜日

E.Svetlanov/USSR State SO. Rachmaninov Symphonic Dance ~大事にしているレコード

暑い。因みに新潟弁では暑っちぇー(あっちぇー)という。涼しいは新潟弁でも涼しい…、だと思う。自信ないけれど。

ラフマニノフのシンフォニック・ダンスはアメリカ亡命後、晩年の作品。確か遺作だったと記憶している。スヴェトラーノフとソビエト国立SO.のLPは高校生の頃に買ったもの。他にもマゼールやラトル盤が当時は入手可能だったと思うが、こちらはメロディアの廉価盤。その頃上越市の直江津にあった世界レコードというお店で買った。この店のレコード袋はカラヤンの横顔がプリントされていた。今になってとっておけば良かったなと思う。でも著作権や肖像権はどうだったのだろう?この店も既に無い。この世界レコード、レシートが次回の割引券になっていた。2800円のレシートを持っていくと1割、割引してもらえた。これもうれしかったなあ。期限はなかったと記憶している。今考えるとなかなかの太っ腹であった。この店の店長はTさんといって小柄で一見、冴えない感じのおじさんであったがクラシック音楽の知識もさることながら、LPのキズの修復なども上手く何度かお世話になった。市民吹奏楽団の団長もされ、近隣の音楽好きの中高生などから一目置かれる存在だった。
閉店後は仕事を変わられてしまい、お会いすることもなくなってしまった。
今、ネットでこの世界レコードを検索すると店名が災いし、世界記録やワールドレコードとなってしまい検索できなかった。七味、青春の思い出で、でした。

シンフォニック・ダンス、交響的舞曲にはラフマニノフの代名詞ともいえる「怒りの日」のモチーフが用いられている。曲想もラフマニノフらしくドラマティックかつモダンだ。終曲が特にカッコイイ。
スヴェトラーノフの演奏はこの曲を強靭な意志でパワフルにドライブし尽くした名演だ。欧米のオケや指揮者にはないゴリッとした感触が堪らない。

スヴェトラーノフ盤は72年の録音。弦がとても艶やか。当時のメロディアの録音技術の高さが伺われる。といってもモスクワでのセッションに限った話。レニングラードでのセッションはホールの関係なのか機材なのかはわからないけれどモスクワのそれとは一段、落ちるように思う。しかしそれもアナログ末期からデジタルへの移行期には体制の硬化とともに欧米に大きく水をあけられてしまった。メロディアは録音が悪いというのが通説だが、玉石混淆というのが正しいかもしれない。ムラヴィンスキー/レニングラードO.のウィーンライヴで評判を大きく落としたのも要因かと思う。もう一つ、日本では日本ビクターが発売元になっていたが日本ビクターのリマスタリングが丁寧だったことも良い結果をもたらしたように思う(xrcdを聴くと良く判ります)。といっても参考となる盤が手元に少なく、推測や個人的な印象でしかないのだけれども。

このLP、一時期、CD化されているだろうかと血眼になって探したけれども見つけることは叶わなかった。LPが聴けるようになってからは探すこともしていなかったが現在はRegisというレーベルから出ているようだ。よかった。このまま埋もれさすのはもったいない1枚である。ちなみに後年キャニオンに再録音されたものは入手しやすい。こちらも好録音で名演。甲乙つけがたし。


2014年7月11日金曜日

難航

台風一過の晴れ間、というわけにはいかなかったが、こちらは大きな被害もなく一安心といったところ。
さて5月11日のブログで読んでいますよ。と書いたThe Long Goodbye、未だ読了せず・・・。何でしょう・・・。どうも読みにくいのです。春樹の訳であってもスイスイとは行かない。途中、宮部みゆきの「小暮写真館(上・下)」を挟みつつ、ようやっと半分まで来たところ。話が大きく盛り上がるでもなくここまで来ている。この盛り上がらなさがハードボイルドなのか?内藤陳センセイ教えて下さい。
最近はまた柳田国男の「遠野物語」などに手を出してしまい、それこそロンググッドバイになりそうな気配である。

ハードボイルドだど!

2014年7月9日水曜日

重い

巨大台風8号。各地に大きな被害をもたらしている。県内では中・下越、それに佐渡地方の被害が大きい。幸い上越地方はこれといって被害はないようで一安心。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げる。ニュースを見ていても死傷者は少ないように思う。特別警報の効果だろうか。
以前の三条市の水害の際は後片付けの応援に行った。市内を流れる五十嵐川が氾濫し洪水となった。市内の所々で道路は寸断され目的のお宅まで1時間以上も歩いていった。ついてみると1階はほぼ水没したようで天井近くの壁まで汚れていた。床には泥が厚く堆積し早くも異臭を放っていた。7月のことで気温も高く、雨上がりと泥の湿気とで湿度も高かった。膨大な泥。重く、掻きだしては土嚢袋に詰めて積み上げるが一向に減る気配がなかった。暑いなか合羽を着て汗みずくになってやったあの作業はもう二度とやりたくないものだ。

雨は少ないが湿度は高い。となると音楽も自然とウエットな感じで鳴っている。気分的なものかもしれないが確かに音は重い。ということでエアコン様に御すがりし除湿機能フル回転(古い!)である。効果はクエスチョンながら、聴き手は涼しく快適に過ごしている。
音楽を聴きながら中古LPショップのサイトを覗くのが最近の楽しみ。しかし最近はあまり食指が動かない。欲しいLPがなかなか見つからないなあ。以前に書いたアシュケナージのラフマニノフも未だ入手できずにいる。
このサイトも紹介したい。マーキュリー・リヴィングプレゼンスのコレクターのHP。とても丁寧に作られていてレコード番号ごとにまとめられている。CD、LPともに検索するのに重宝している。ジャケット写真も美しい。http://mercury.lacyway.com/

さてW杯も大詰め。準決勝、ブラジルはエース、ネイマールの欠場が響いたのかドイツに大敗。自分の予想ではドイツ-オランダの決勝戦になると踏んでいるがいかがだろう?アルゼンチン戦が楽しみだ。

2014年7月4日金曜日

降りてきた

降りてきた。EQの神様がおりてきた。
実はEQによる音の調整は理詰めでは全く、ないと自分は考えている。測定はするが、そのあとのカーヴの設定はフィーリング、というか気の遠くなるようなカット&トライ。ゆえに、あ~でもないこ~でもないとダイヤルを弄っては聴き、聴いては弄ることを繰り返す、ということに膨大な時間が費やされる。オっ、いいかナと思ってもしばらく聴いていると段々気に入らないところが出てきて・・・、という按配。またこんなこともある。いいカーヴだと思ってメモリしていたデータを上書きして消してしまう・・・。この時は泣くに泣けない。その後、3日は幻となったカーヴを思い描いて調整するがそれを再現できることはまず、ない。
それが今週に入ってこれまでに無く、かなりイイ音で鳴ってくれるようになってきた。もう少し微調整は必要だけれど自分の欲する音に随分と近づいてきた。
自分の欲する音は十分な低音に支えられた目の前に迫ってくる迫力のある音。部屋の響きではなくディスクに記録されたホールやスタジオの響きが表現された音(これはスピーカーを部屋で鳴らしているのでどだい無理な話)、なのだが・・・。まあこれをB&WのS805でというのも無理があるのかも知れないけれど。
EQの調整をしていて、ラーメン店の場合で考えることがある。個人経営のとっても美味いのだけれど万人受けしそうもないトンガッた味付けの店とそこそこ美味いが今一つパッとしない、たとえばチェーン店のような店。どちら?と問われればとっても美味しいラーメン店なのだが、毎日ではちょっとキツイ。ではチェーン店はどうかというとチョッチ物足りない。かえって分かりにくいか?
あまりトンがった調整をすると聴いていても疲れてしまうし、かといってあまりにも無難にまとめてしまうとパッとしない音になってしまう。この辺の匙加減が難しい。今はややビビッドな音なのでもう少しマイルドな音調にしたいところ。
依然として左右の音量差やEQの接触不良など問題はある。こちらはまあ現状、我慢するしかないようだ。

ライヒ&ミュージシャンズ/S.ライヒ「18人の音楽家のための音楽」 ECM 76年録音。いわゆるミニマル音楽。ライヒの代表作でありミニマル音楽の金字塔、と思う。何度聴いても同じには聴こえない。いつも発見がある曲。録音は並だけれどピアノやマリンバ、シロフォンなどが使われており中~高音域の音が飽和しやすく再生が難しい。帯域間のバランスを取ったり高音域の調整によく使用している。声域に近い帯域の打鍵音が60分ちかく連続して打ち鳴らされている曲なので、調整が良くないと耳が痛くなってしまう。決して聴きやすい録音ではないけれども以前よりは耳の痛くない音になったと思う。

そういえば、今度BSプレミアムでゴジラ映画の特集があり、合わせてドキュメンタリーが2本放映される。内1本は伊福部昭のもの。これも楽しみだ。