Google+ Followers

2016年12月30日金曜日

覚悟と準備

さて、今年最後のブログ更新です。
4年目にして年100本を超えた。これも皆さまのお陰です。ありがとうございます。

午前0時過ぎ、母が入所しているグループホームから電話があった。母の具合が余りよろしくないとのこと。このような電話が来たのは初めて。
慌てて支度をしてホームへ。
往診に来た医師から、血圧や血中の酸素飽和度も低く、あまり状態は良くないこと。かなり危ないです。とりあえず点滴で様子を見るけれど、もしそれ以上の治療を希望するなら、救急車を呼んで入院の手続きを取りますがどうしますか?と言われた。
どうしますか?と聞かれて、返答に詰まった。
もうすぐ80にならんとする母。認知症を患っており、常々、妻とは何かの時には過剰な治療はしないことに決めていたが、いざとなると動揺してしまった。「きょうだいに確認します」というのが精一杯であった。

翌日も仕事がある妻を返し、自分はそのまま母のところで一夜を明かした。堅い椅子と窓からの冷気にちょっとヤラレた。
幸いにも、点滴と電気毛布による温めが功を奏したのか、母の状態は安定してきた。明け方には顔色も戻った。熱が38度あり、油断はできないが、なんとか峠は越えた感じ。今夜は施設の方にお願いして引き上げてきた。

覚悟はできているつもりであったが、その時が来たときの準備ができてなかったことを痛感した一夜であった。

最後に母のことがあったけれど今年も、無事に過ごすことができた。娘の進学が我が家の最大のニュースかな。
皆さま、今年もお世話になりました。良いお年を。

2016年12月27日火曜日

ヴォリュームの話

Kazuさんからお借りしている調音パネル。随分と落ち着いてきた。
パネルの位置や角度の調整よりはEQカーヴの調整がほとんどだが、やはりパネルの威力(効果というには変化が大きいので威力)は我が家では破壊的。ゴジラ並みである。
というのもEQカーヴが激変。各周波数の荒れが随分と小さくなった。カーヴも随分となだらか。

EQを調整している時はついつい音量を大きくしてしまいがち。普段聴いている時はアンプのヴォリュームを10時半くらいにしている。それでもちょっとした大音量なのだが、調整中は11時~11時半くらいにしてしまう。というのも音量が上がった時にどの周波数が飽和するのか見極めるためなのだが、これがいけない。かなりの大音量で聴いたあとヴォリュームを下げると元気のない物足りない感じに聴こえてしまう。気を付けていても段々と音量が上がってしまうから厄介だ。

さて、我が家のシステムではプリアンプ、パワーアンプ、デジタル・イコライザー、それにCDプレーヤーで音量の調整ができる。CDプレーヤーはボリュームがあるわけではなく、出力がDSDノーマルとダイレクトの2種類選択でき、ダイレクトの方が3dBほど低い。
デジタル・イコライザーは背面のスイッチで入出力を+12dBから+22dBに上げることができるし、ゲイン・オフセットの調整が0.5dB間隔で可能となっている。パワーアンプは左右のヴォリュームがある。プリアンプは説明不要だろう。
プリアンプのヴォリュームをメインに使用するのは異存のないところだし、美味しいところ11時~13時くらいのところを使いたい。
が、厄介なのがEQ。EQのゲインオフセットのレベルを0にすると、EQ以降の出力が大きくなりすぎる。と言って、下げ過ぎるとビット落ちするらしく、情報量が減ってしまうのだそう。たしかに音量ばかりでなく、音楽の勢いというか鮮度も損なわれてしまう感じもする。
結局南極、プリアンプのヴォリュームを11~13時で使おうと思うと、パワーアンプを絞るしかない。パワーアンプのそれはプリに比べて性能が落ちるらしく、ショップの人に言わせるとMAXで使うのが良いらしい。でも、半分くらいに絞ることにした。ただ、ネットを見るとパワー側をMAXにしない方が良いという話もあって、真偽は不明だ。左右のバランスはモノラルでプリアンプから出力してメーターを見ながら左右を合わせる。面倒くさいのだが致し方あるまい。聴いた感じでMAXでなくてもそんなに音質に大きな差はなさそう。

今日は坂本龍一のピアノ曲集を2つ。
上の画像の「/05」は自演盤。POPS系のバランスで低音過多なので、トーンコントロールで少しBASSを絞るとちょうどよい塩梅のバランスになる。下の画像の「Film Music」は岡城千歳というピアニストの演奏による。さすがピアノを本職にしているだけあって、坂本龍一本人の演奏よりもテクニックが安定している。
2枚ともEQの調整に重宝している。それでも随分と聴きやすく、耳痛い感じは減ったな。

Warner Mugic Japan WPCL-10222

Pro Piano PPR224533








2016年12月25日日曜日

Gidon Kremer  JSB 無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ 

ヤマハの調音パネルを設置してのEQ調整も行き詰まりつつアリ。
この3連休で何とか形にできればなあ、と思っていたが、無理そうな気配。
パネルはリスニングポイントの背後左右に配置しているが、期待した音調にならないばかりか、すっかりドツボに嵌ってしまっている。

今日は先日、中古で入手したギドン・クレーメルのバッハ、無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを聴きながら調整中。このクレーメル盤に限らないのだけれど、無伴奏のディスクは中音域~高音域の倍音のエネルギーが大きいこともあって下手をするととんでもなくヒドイ再生音となりやすい。
聴いていて、耳が痛くなって聴き疲れてしまうようではよろしくない。聴きながら心地よく寝てしまうような再生音が理想。そこを目指したいところ。
このクレーメル盤は、先日Kazuさんがいらした時に持ってきて下さった。このとき、始めて聴いた。
その厳しく鋭いパッセージと良く弾き込まれた音楽に驚愕。これまでクレーメルを聴いてこなかった我が不明を恥じ、HMVの中古で見つけて早速購入。KazuさんのはCD国内初出盤(輸入盤国内仕様)かと思われるが、この中古盤はCD番号こそ輸入盤と同じだが銘盤シリーズの1枚で国内プレス盤。音質の差は如何に。

結局、パネルはSPの後ろに設置した。この方が調整はしやすそう。EQカーヴも以前とはずいぶん変えたりして手探り状態。このあたりの調整は楽しくもあり、面倒でもあり、ちょっと嫌になって来た。調音パネルというだけあってピークとディップが減った感じもする。耳を刺すような音ではないが、ちょっと圧迫感があって聴いていると、段々と耳痛い感じがして次第にこめかみの辺りが張ってきて、聴き終わったあとも耳がボワーンと重い。
今一つ決め手に欠けた状態。あとは帯域間のバランスと全体の音量の問題だろうか。

Philips 416 651-2
リスニングポイントから
バークレイⅡと同じ内振りの角度をつけて

2016年12月23日金曜日

Ansermet / OSR M.Ravel スペイン狂詩曲

スピーカーをTannoyのBerkeleyⅡに変えたのが昨年の10月。その後の2か月くらいは何をやってもなかなか音が決まらず苦労していた。一時は導入失敗かとの思いに到ったこともあったが12月に入って、漸く落ち着いた。とはいうものの、その後もEQの微調整は続けていたし、部屋のCD棚を整理したりと音調の改善に腐心してきた。その甲斐あってか、随分とタンノイも上手く鳴ってくれるようになった。
ただ、現在はヤマハの調音パネル導入の直後で、EQの調整の真っ最中。
前回導入時よりはマシだが、それでもややキツイ音調。各帯域の自己主張が強い感じ。これがもう少し喧嘩せず、繋がりよくブレンドされないかと思案中のところ。気長に行く予定。

タイトルに挙げたアンセルメのラヴェル管弦楽曲集。とくにスペイン狂詩曲は当初、かなりの難物で全く聴くに堪えない音だったことを思い出した。この1年、忘却の彼方に追いやり聴こうとは思わなかったが、久しぶりに聴いてみた。
ふむ、悪くない。というか、結構、良い感じで鳴っている。
以前は低音過多のダブついた音だった。今も低音、特にグランカッサやコントラバスのエネルギーは尋常ではないものの、帯域間のバランスが整っているせいか、ダブついた感じはかなり後退した。タンノイ導入直後はこのダブつきはこのスピーカーの、よく言われる締まりのない低音のせいかと思い諦めかけていたが、違ったようだ。
録音はやはり古さを感じさせるし、この時代のデッカ録音としては良い方ではない。それでもアンセルメの端正な音楽が芳醇に響き、聴いて飽きることがない。これからもこの時代のスタンダードな演奏の1つとして、魅力を保ち続けるだろう。

昨日の糸魚川の大火。被害にあわれた方に心よりお見舞い申し上げます。
150棟、4万平方メートルにわたる延焼という、これほどの火災にあって死者が出なかったことに胸をなでおろしている。
しかし、悪いタイミングでの火災発生であったと思う。あそこまでの強い南風でなかったら、と思うと残念でならない。特に糸魚川は背後に山が迫っていていることもあって一層、乾燥した強風が吹いたのではないか。
こじんまりとした市街地は昔の宿場町の趣がそのまま残っていたが、それが焼失してしまうのは忍びない思いでいっぱいだ。
それにしても、新潟県はこのところツキがない。先般の高病原性鳥インフルエンザが漸く収束した矢先のこの火災である。本当にツイてない。

2016年12月21日水曜日

Walton Sym.1 Previn / RPO

プレヴィンのテラーク録音というとWPh.とのR.シュトラウス作品を挙げる方が多いんじゃなかろうか。他にもロイヤル・フィルとのブラームスの4番やドヴォルザークの8番などがあるけれど、プレヴィンとテラークに求めるのはソコじゃないんだよなぁ~、と思う人が多かったのか、さして話題とはならなかったように思う。テラークの優秀録音もこの頃になるとあまりパッとしなかった印象がある。

ロイヤルPO.の音楽監督就任の際、LSOから贈られた名誉指揮者のタイトルを返上する、という意気な計らいを見せたプレヴィン。仁義に篤い男ではある。
しかし、数年後にはどういう経緯かは定かではないが、盟友であるアシュケナージに音楽監督の座をあっさりと譲ってしまったと記憶している。
そんな訳で、ちょっと中途半端な感じで終わってしまったプレヴィン/RPOのテラーク録音にあって、イギリス音楽シリーズという括りなのか、RVWのロンドン交響曲(第2番)と5番、ホルストの「惑星」nなどを残しているが、このウォルトンの交響曲第1番も大した評判とはならなかったように記憶している。
LSO音楽監督の時にもウォルトンの交響曲をRCAに録音している。この盤は2度目の録音。ウォルトンの交響曲第1番を2度も録音している指揮者はプレヴィンだけではないかと記憶する。
このテラーク盤はRCA盤に比べるとぐっとテンポを落とし、じっくりと音楽を運んでいく大人の演奏。どちらも甲乙つけがたいが、どちらが好みかと言われれば、テラーク新盤を推す。

このテラークのウォルトン、演奏もさることながら曲の持っているモダンさと録音が上手くかみ合っていてちょっとした聴きもの。響きが多すぎる気がしないでもないが、これが上手く鳴らせたなら嬉しい。でもそれが結構難しいのよ。チャレンジングなディスクではある。
で、どうなの?と聞かれると困るのだが、随分と良い感じで鳴るようにはなったかもしれない。
でもまだまだのようでは、ある。

ジャケも秀逸。

TELARC CD-80125




2016年12月17日土曜日

YAMAHA 調音パネル導入(仮)または(借) その後

一昨日から降り始めた雪は根雪に。このところ冷え込みが一段と厳しい。今日も霙まじりの冷たい風が吹いている。と思ったら、午後には雨に。雪も消えてしまった。

秋にkazuさんからお借りしたヤマハの調音パネル。一時的にリスニングポイントの背後に設置して調整をしてみた。確かに奥行き感や量感がアップしたものの、EQの調整がパネル導入時の音調とマッチせず響きが飽和してしまい長時間の聴取には苦しい感じがした。で、パネルの導入は一旦断念した。以前の記事はこちら
最近EQを調整して少し低域と中高音域(500~1250Hz)を薄くした。というのも、アンプの修理以来、低域から中音域にかけて音が厚くなったと感じたから。どうも基盤の部品交換で鳴るようになったようだ。随分といい加減な印象ではあるし、しかも今更だが、そう判断した。そこにふと閃いたのが調音パネル。今ならどうだろうか?

早速パネルを設置してみる。ふむ、悪くない。前回よりも響きが飽和しない。目の前の音像も幾分クッキリとしてグンと前に出ていて元気な音がする。1時間ほど聴いているが耳もボワボワとくすぐったくなくて好感触。このパネルを設置すると、Kazuさんのお部屋に似た響きになる気がする。少しだけウェット&シルキーな感触。パネルのキャラクターが音に乗るようだ。ちょっと上品な響き。
ヨーヨーマ&シルクロード・アンサンブル、BCJOは今のところ合格。あとは合唱とピアノのディスクあたりで微調整かな。
これで年末年始の楽しみが一つ増えた。

画像はヨーヨーマ&シルクロード・アンサンブルとBCJOのディスク。BCJOは随分前に来日公演を聴いたときに購入したもの。超のつくほど優秀な録音ではないものの、ソロ楽器のクールなブロウに痺れっぱなしの1枚。

Sony Music Japan  SICC 217

ECM 1409 841 777-2




2016年12月14日水曜日

G.Holst Perfect Fool A.Boult / LPO

いよいよ里にも雪がちらほら舞い始めた。海沿いのわが家の辺りはその程度だが、街を(もちろんクルマで)走っていると、対向車の中には薄っすらと雪を積んだクルマもちらりほらり。

G.ホルストのディスク。Double Deccaの‵The Essential Holst‵ いわゆるコンピレーションアルバムというヤツなんだが、これに収録されているパーフェクト・フールという曲が出色。傾向としては惑星に似ているが、もっと狂乱的で退廃的。なにやら元々は歌劇「The Perfect Fool」(どこまでも馬鹿な男)の冒頭のバレエ音楽、らしい。が詳細は不明。長さは11分ほどと短いがとても聴きごたえのある曲だ。惑星大好きな方ならきっと気に入る、と思う。
演奏はA.ボールト/LPO。61年、キングズウェイ・ホールでの録音。またこの録音が素晴らしい。やや古さはあるが瑞々しく懐の深い響きで、演奏に華を添えている。レコーディング・クルーの記載はないがウィルキンソンか?

ネットで見ていて驚いたことが、スクロヴァチェフスキが脳血管疾患で手術を受けたというニュース。ミネソタ管のFBから。11月中旬のこと。容体は安定しているようだけれど、年齢が年齢だけに心配である。

DECCA  444 549-2

Disc2には娘のイモージェンによる合唱曲が収められている

2016年12月8日木曜日

雪おろし RVW Sym.1 ′A Sea Symphony′ Sargent / BBC SO. Blighton, Cameron, etc.

この季節、新潟の天気は荒れる。今週初め、「雪おろし」が吹き荒れた。「雪おろし」はこれから本格的に雪が降りますよ~、という空からのご挨拶である。雷と強風、それに霰、これが例年だと一晩中続くのだが今年は明け方から朝にかけてあった程度。霰もほとんど降らなかった。
我が家の近くには国道の除雪ステーションがあって、そこには高い電波塔がある。そのてっぺんには避雷針があるので、我が家に直接の落雷の心配はないが、その電波塔へ雷が落ちる度に我が家の窓がガタガタと鳴り、家が揺れる。音もスゴイ。ゴロゴロなんてもんじゃない。
それはもう表現できないくらいスゴイんです。ま、30mくらいのところに落ちるわけで・・・。
怖いのは、雷サージだが、今のところ被害はない。

さて、引き続きRVW。今回は(も)第1番「海の交響曲」。演奏はマルコム・サージェント指揮のBBC交響楽団。独唱はソプラノがブリッグトン、バリトンはキャメロン。合唱はニュージーランド・キリスト教会ハーモニー合唱団、それにBBC合唱団とBBC合唱協会。
65年9月、ロイヤル・フェスティバル・ホールにおける演奏会のライブ録音。録音はBBCによる。
戦後イギリスを代表する指揮者ながら、録音には恵まれなかったサージェント。こうした録音は大歓迎だ。

15年ほど前になろうか、イギリスのカールトンというレーベルから「BBC・ラジオ・クラシックス」というシリーズがリリースされた。これはBBCの放送録音を集めたもの。
これはそのシリーズの中の1枚。
BBC・ラジオ・クラシックスは国内盤も出ていて、こちらは日本クラウンからのリリースであった。全部で100タイトルほど出たように記憶している。このシリーズはBBCレジェンドとして主にメジャーな演奏家の録音中心のリリースばかりになってしまった。現在ではこのBBCレジェンドも終了しICAに引き継がれている模様。

演奏の方は、キズも少なく、完成度が高い印象。さすがサージェント。手堅くまとめている。合唱を含む大規模な作品を得意としていた、というのも頷ける。とってもジェントルでノーブル。終楽章は、いささか盛り上がりに欠ける感じがしないでもない。低域が不足気味の録音のせいか。とは言え、この微温的な世界もイギリスらしいと思えるが如何だろうか。

日本クラウン CRCB-6060

2016年12月4日日曜日

Britten War Requiem: Britten / LSO Vishnevskaya, Pears,Dieskau etc.

この週末、妻と娘はTDLへ。TDLに全く関心のない七味は土曜日にうな君のところに行ってきた。
Kazuさんから借りているY社の調音パネルの効果は如何ほどか?というのが気になっていたが、見事にスッキリとした音調になっていた。パネル以外は手を加えていない由。効果は大きいということか。特に高音域の何だか耳につく感じのサワサワ感が減弱して聴きやすい。その分各帯域のバランスがピラミッド型に安定したように感じた。以前、もう少し低音が欲しいねなんて話していたが、高音域のバランスが大きくて低音域が不足して聴こえていたようだ。
我が家のシステムとは全く方向性の異なるうな邸のシステム。いつもお邪魔して数十分は響きに違和感を覚えるのだが、今回はすんなりとうな邸の響きに身を委ねることができた。

さて、タイトルのディスク。言わずと知れた名盤。確かレコードアカデミー賞にも輝いたブリテンの戦争レクイエム。栄光のロンドン・サウンド シリーズでの復刻CDなのだが、我が家のシステムでは何だかセパレーションが変だ。悪いのではなくハッキリしすぎていて、聴いていて違和感がひどくて全く聴き通せない。
トラック2の独唱以降、独唱含め、楽器のほとんどが右チャンネルから聴こえる。そのような楽器の配置なのか。合唱はちゃんと左右に広がる。その後は楽器も左右に広がるが、トラック6で再び同様の鳴り方になる。左チャンネルの空気感というか、響きの感じられない音がする。それにしても不自然な感じ。
天下のデッカの仕事としては少々お粗末な気もする。このシリーズはイギリス デッカ社がオリジナル・マスターテープから編集した最新リマスター・テープを使用して国内プレスした、とある。マスターテープからしてそうなのか。マスタリング・ミックスダウンによるものなのか。今度うな君のディスクと聴き比べてみなくてはなるまい。

上越市で鳥インフルエンザに伴う鶏の処分が完了したようだ。感染源はやはり渡り鳥のようだ。この辺り、池や潟が多く、渡り鳥の飛来地となっていることもあって、その近くの養鶏場の鶏は感染しやすいのだろう。まあ、ヒトへの感染については、七味は心配していないのだが、上越市だけで23万羽の鶏を殺処分し穴を掘って埋める作業はさぞ大変だし、なにより養鶏業者はある程度補償はされるのだろうが辛いことだろう。
これ以上の被害がないことを祈るばかりだ。

LONDON POCL-4519/20

2016年11月27日日曜日

全集落穂拾い Previn RVW Sym.7&8

交響曲の全集をバラで少しづつ集めていると、ついつい買いそびれてしまうことがある。そういうのに限って、ふらっと立ち寄ったブックオフなどで見つけるのだが、欠けているのが何番なのかわからずに、結局ダブり怖さに買わなかったりして・・・。

そんなこんなで、長らく、あと1枚で全部が揃うといった態のものがいくつかあった。クレンペラーのベートーヴェン全集も1&8番が揃ったのは最近だし、同じRVW全集のトムソン盤も1番が長らく欠けていたが、1年ほど前にようやく揃った。
プレヴィンのRVW 7&8 も最近になってようやく揃えることができた。現在は国内盤でバラ売りもされているようだし、輸入盤の全集も2度に渡って発売された。全集を買って、これまで買った単独盤を売ることも考えたが、ジャケットがなかなか洒落ており、なかなか踏ん切りがつかなかった。

さて、プレヴィンのRVW。RCAからの発売ながらレコーディングはケネス・ウィルキンソン、ジェームス・ロックと、デッカのクルーによる録音。とはいうものの、二人の名前から期待するほどには録音は宜しくない。ロケーションやレコーディングデータの記載は一切ないので詳しいことは不明だが、機材や基本的なマイクセッティングなどのセオリーはデッカの方式であろう。ロケーションはロンドンとしかわからない。キングズウェイ・ホールではなさそう。自信ないけど。
RCAのカラーが出ているのか、マルチマイク、オンマイク気味のウォームな音調。残念なのは所有する盤では曲によっては強奏部分での歪みや混濁がある。この辺り、現行盤では改善しているのかは不明。でも、あまり変わらないんじゃないかと踏んでいる。

演奏はというと、ボールトなどに比べても遜色ない。映画音楽よろしく、RVWの音楽を活写する様はプレヴィン壮年期の仕事のなかでもEMIのショスタコと並ぶ最良の部類かと思う。
7番はまさに映画音楽。映画「南極のスコット」の音楽を交響曲に仕立てたものだけに、プレヴィンにはうってつけ。あ、ナレーション入り。これは珍しい、かな。でも音楽を聴くにはちょっと邪魔かも。

この休みを利用して、冬タイヤの交換をしてきた。GSで、店員に「タイヤに摩耗のサインが出ているが、どうするか?」と聞かれた。じゃあ、新品のタイヤを・・・なんぞとは言えず、このまま着けてくださいと返事をした。
新たにスタッドレスタイヤ購入となれば10万円ではきかないだろうし。様子見を決め込むことに。
タイヤ交換の際、このタイヤは何シーズン目だろう?と、いつも考えるのだが、結局思い出せず。困ったものだ。

追記
ロケーションはタワレコのHPによるとキングズウェイホールと判明。しかし出典は不明。それにしても、EMI、デッカとも違う録音傾向には驚き。自分の耳が大して当てにならないことも判明(笑)。


BMG 60590-2-RG

BMG 60580-2-RG

BMG 60581-2-RG

BMG 60583-2-RG

BMG 60586-2-RG

BMG 60588-2-RG

2016年11月24日木曜日

Antal Dorati / Minneapolis SO. PIT 1812 Festival Overture

今日、関東では初雪。11月の初雪は54年振り、積雪は明治8年の観測以来初めてらしい。こちらも雪こそ降らなかったものの、今年一番と思える冷え込みようでホッカイロを2つ背負っての仕事であった、かかった。
こんな寒い日はチャイコフスキーに限る。ということで1812年を。
いやー、笑ってしまうね。スゴイ迫力。馬鹿馬鹿しいところがまた良い。

とはいえ、このマーキュリーの録音は大したものだ。それほどたくさんの1812年を聴いているわけではないが、なかなか演奏と録音が両立したものは少ない。テラークの代名詞的な同曲ではあるが、そのテラークのカンゼルはいささかダレ気味で、締まりのない演奏に感じられた。
その点、このドラティ盤はピシッと締まった演奏、迫力ある大砲と鐘が見事に両立していて好きだ。
それにライナーが充実。使用した大砲や鐘の由来や録音の様子が細かく記されていて、マーキュリー録音陣の録音に対する自負というか矜持が窺えるところも良い。
ライナーにはプロデューサーであった、ウィルマ・コザート・ファインがCD化にあたって3chマスターから2chへのトラックダウン(ライナーにはconversionと記されている)を監修した、という記載があったり、オリジナルマスターのみを使用している旨記載があるなど、情報もしっかりとしていてとても仕事が丁寧であるところにも好感がもてる。

ドラティは晩年、デッカに多くの録音を残したが、それらのほとんどはマーキュリー時代の焼き直しに過ぎない。
自分がクラシック音楽を聴き始めた中学生の頃、初めて買った「春の祭典」はデッカのドラティ/デトロイト盤だった。当時は録音も良かったし、演奏も好きだった。デッカのドラティを円熟と呼んでも良いのかもしれないが、マーキュリー時代のキレッキレのドラティの演奏を知ってしまうとね。
自分は壮年期のドラティが好っきー。

Mercry 434 360-2

下段に、CD化に際してウィルマ・コザート・ファインが監修していること、
オリジナルマスターのみを使ってCDにトランスファーしたという記載がある。

2016年11月22日火曜日

ニンマリ  RVW Comp.Sym. G.Rozhdestvensky / State symphony Orch. of the USSR Ministry of Culture

けさ、福島で地震とそれに伴う津波があった。こっちも結構な横揺れだった。余震も続いているようで心配。

休日を前に注文していたCDが届いた。
ロジェストヴェンスキー/ソビエト国立文化省交響楽団のRVW全集。
コレをHMVのサイトで見つけた時には震えが来た。心臓もバクバク来た。なんといっても非英国系の指揮者と非英国オケによるRVW。しかも交響曲全集。期待と不安、いや不安のほうが大きいか。

早速、1枚目のCDをトレイに載せてスタート。第1番「海の交響曲」冒頭のファンファーレがいきなり怪しい。
続く Behold, the SEA, itself !! (見よ、海そのものを) の合唱もなんだかモッサリ。最初はロシア語かと思ったが、よく聴くとやっぱり英語。あちゃ~、ハズレかと思いつつも聴き進むうちに持ち直した。
ちゃんとRVWしている。もっと破天荒な演奏を期待もしていたのに。ちょっと裏切られたカンジ。でもなんだか不思議と良い演奏だなぁ。思わずニンマリとしてしまう。演奏にはキズが多いし、録音もメロディア80年代後半の録音にしてもヌケ感が今一つだし。でも感動的な演奏。何よりこの演奏を成功させようとする奏者の意思がひしひしと伝わってくる。

このディスク、ライナーがロシア語とフランス語(? 多分)なのでよく分からないのだが、どうやらライブ録音。放送用音源のCD化のようだ。よく見つけたものだ。ということは、ライブ録音による交響曲全集。世界初、というかこれだけ。録音は88年・89年。レニングラード音楽院大ホール。

他の曲も期待大。明日は楽しみ。ウヒヒ・・・

訂正
ライナーは英語での表記がありました。また、各ディスクにも英語の表記がされていました。

MEL CD 10 02170


2016年11月20日日曜日

NFLもいよいよ終盤戦 Wolfgang Sawalisch / VSO JB Sym.1-4

11月も中旬を迎えるとNFLはいよいよアツくなってくる。今シーズンは特にアツい。例年プレーオフ進出圏外(日本のプロ野球で言うところのBクラス)だったチームが好調なのとは対照的に、プレーオフ進出の常連チームが故障者の続出などで戦力がダウン。結果、戦力差が縮まって勝敗の競った地区が多く、目が離せない。
今シーズンはQBの世代交代がかなり加速しそう。ここ何年かその傾向はあったが、今シーズンはそれが著しい。
開幕時にSB進出と予想したスティーラーズとカージナルスはこのままいけばプレーオフ進出は何とかなりそうだが、SB進出はかなり厳しい感じだ。シーホークスも地区首位ながら昨シーズンまでの安定感はなく、このまま行けるかどうかは怪しい雰囲気。
一つ残念なのはNHKBSの中継の回数が減ってしまったこと。昨シーズンまでは週3回だったが、今シーズンは今のところ2回。放映時間は3時間に戻ったものの、ちょっと寂しい。

このところ、音楽はあんまり聴けてなかったが、この週末はブラームスの交響曲を中心にゆっくりと音楽を聴くことができた。このところブラームスのシンフォニーはご無沙汰していた。聴いたのはバルビの4番くらいか。ホント久々。
聴いたのはサヴァリッシュ/VSOの交響曲全集。59~63年、オーストリアでの収録。フィリップス。手持ちのCDには詳細な録音データの記載がなく不明だが、ムジークフェラインかコンツェルトハウスではないかと思われる。それにしても録音会場の記載がないのは何故か?その後のSHM-CDでの再発時にはウィーンと明記されているようだ。何か契約上の問題でもあるのだろうか?
サヴァリッシュにはLPOとの全集(EMI)もあって、こちらもとても良い演奏。だがなんといってもこのフィリップス盤の魅力はその颯爽、溌剌とした演奏。この時サヴァリッシュは30代後半。バイロイトに当時最年少で登場するなど、注目されはじめた頃。N響への初登場はこの全集完成の翌年ということになる。
このCD、これまではあんまり上手く鳴らすことができていなかった。録音が古いということもあるのだろうが、ちょっとザラついた(ささくれだった)感じが気になっていた。バークレイⅡに変えてから、たぶん初めて聴いたと思うけど、ザラついた感じが少しだけ後退して音楽が滑らかに。ちょっとだけ聴きやすくなった、かな。

久しぶりといえば、AMPの修理などもあって、ちょっと金欠だったのでCDの購入を控えていたが、HMVでCDを注文した。到着が楽しみ~。
PHILIPS 438 757-2





2016年11月12日土曜日

Eduard van Beinum/ACO  AB7  冷えたピザ

すっかり季節は冬、かと思いきや今日は比較的穏やかな陽気。山のほうは雪が降ったようだが里のほうはもう少し先のようだ。

ベイヌムとコンセルトヘボウ管弦楽団のブルックナーの7番を聴いた。ベイヌムは戦犯として活動を禁じられたメンゲルベルクに代わって戦後のコンセルトへボウを引っ張った指揮者。レコーディングはモノ後期からステレオ初期にかけてデッカとフィリップスを中心に行われた。
ブルックナーは後期の3曲がスタジオ録音で、5番がライヴ録音で残されている。8番・9番はフィリップス、5番と7番はデッカによる録音で、すべてモノラル録音となっている。
モノラルとは言っても戦後、1950年代の録音ということもあって聴きにくさは感じない。
ベイヌムのブルックナーを最初に聴いたのは7番。次いで8番・9番。5番は長らくCD化されなかったが、フィリップスのダッチマスター・シリーズの4枚組に含まれてようやくのCD化。現在所有してるのはこのダッチマスター・シリーズの4枚組。持っていた7・8・9番の単独盤はうな君のところへ行ったか。現在も豪エロクアンスで入手が可能かと思う。音は単独盤のほうが良かったかも。

さて、ベイヌムのブルックナーの特徴は何といっても基本、高速演奏なところ。前任のメンゲルベルクがブルックナーの録音を残していない(ハズ)なので何とも言えないけれど、情緒纏綿としたロマン派にどっぷりと浸かった演奏からみても、非常に革新的なブルックナーだったのは間違いない。
初めて7番を聴いたときに感じた、前へ前へとスーッ、スーッと滑っていくような一種、奇妙な感覚は今でも忘れられない。決してダレない引き締まった清澄なブルックナー演奏に衝撃をうけたものだ。基本は新即物主義的演奏ながら、結構テンポは揺らすし、タメも作るから行き急いでる感じはしない。
これと似たような演奏スタイルのブルックナーにヨッフムがあるが、ヨッフムはベイヌムに比べて少々野暮ったい。デッカ・フィリップスの録音と相まってとってもクールな仕上がり。また、オケがコンセルトヘボウなもんだから豊穣な響きの上にアンサンブル良くって、上々吉。

今日のお昼はピザ。美味しいと評判のイタリア料理屋だったがすっかり興醒め。
基本的に料理が冷めていた。多分、冷たい皿に盛り付けているのが原因だな。ピザの一片を持ち上げてもピンと延びたまま。まるでSWのスターデストロイヤー。ピザはデロンと垂れ下がるくらいが食べにくいけれど旨いのにな。モッツァレラチーズも全く伸びない(笑)。食後のエスプレッソも全く温くて砂糖が溶けなかった。こんな料理ならチェーン店のほうがよほど美味いし安いというのが妻と一致した意見だった。

スターデストロイヤー

PHILIPS 464 950-2

2016年11月3日木曜日

Bernard Haitink / LPO RVW Comp. Sym.

全集魔ハイティンクの、ショスタコ全集と並ぶ最良の仕事といっていいかと。
LPOの音楽監督を務めていた70年代後半に始まったショスタコーヴィチの交響曲全集の録音。途中、RCOとLPOを振り分けて完成したハイティンク。LPOとの分はRCOと比較される非力さを指摘されることも多いが、LPOと録音している4番をはじめ、7番、10番、15番は一連の交響曲の中でも重要な曲。余計、耳は厳しくもなろう。言うほど悪くないと思う。
このRVW、録音は音楽監督時代の70年代ではなく80年代半ば~90年代後半にかけて。
メジャーレコード各社ともCD期となってから一通りのレパートリーの録音、リリースが落ち着いたのか相次いでRVWの交響曲全集が録音されるようになった。RCAがプレヴィンの再来を期したのか、スラトキンと。テルデックはアンドルー・デイヴィスと。英デッカはロジャー・ノリントンとの全集を企画していたようだが、これは途中で頓挫してしまった。デッカにはモノラル期ボールトの旧全集(これも素晴らしいが)しか無いというRVW好きには堪らなく残念な状態だ。
本音をいえば、ハイティンクにはデッカと録音して欲しかった。
本場英国のEMIはボールト、ハンドリーに続く第3の全集をハイティンクに託した。ここに独墺系指揮者による唯一のRVW全集が完成した。

演奏はハイティンクの中庸の良さともいうべき部分が出ていて、全体に安定感があり大らかで見通し良い演奏に仕上がっている。不協和音や激しいアタックの多い4番や6番ではやや物足りない感じがしないでもないが、総じて各曲とも完成度は高い。
84年に第7番「南極交響曲」で始まった録音は第2番「ロンドン交響曲」、第1番「海の交響曲」と断続的に行われ、約5年の中断を経て、第5番、第3番「田園交響曲」、第4番、第6番、2000年の第8番、第9番でフィニッシュ。
最後の9番はこの全集中でもっとも成功しているし、9番のディスクの中でもベストではないだろうか。演奏は中断後のほうが総じて出来が良い。より懐深くなり、RVWの語法を我が物にした感がある。前半の7番・2番・1番は叙事詩的な趣のある曲。後半は作曲者の心象が強く反映されている曲ばかり。特に8番・9番は晩年の作品で、その内省的傾向はより顕著でなかなか作曲者の心象に分け入ることが難しい曲だ。8・9番を最後に持ってくる辺りもハイティンクの熟慮が伺われる。
9番の終楽章、最終部は波が寄せては返すような楽想を持つ。この辺りはショスタコの15番とは形は異なるものの、同じような心象を思い起こさせる。

RVWの普遍的、インターナショナルな演奏と言ってよいハイティンクの演奏。
ドメスティック(英国の指揮者とオケ)な録音が圧倒的に多いRVWもショスタコ同様に現代の交響曲の古典になりつつあるように思う。ショスタコも今では世界中で録音されるようになった。その先鞭をつけたのはハイティンク(の全集)であろう。RVWもそうなって欲しいし、いろいろなオケや指揮者によるRVWの全集を聴いてみたいが、多分、無理だろう。もう現れない、と思う。その意味でもこの全集はハイティンク最良の仕事なのだ。

EMI 5 86026 2

2016年10月30日日曜日

O.Klemperer / NPO. Eine Kleine Nachtmusik

スピーカーの不調は今のところ再発せず。一体何だったのか?
機械に全く疎い七味。かなり狼狽えてしまった。
症状の再発に怯えながら音楽を聴く、というのはどうにも落ち着かない。そんな心配をよそに今日も音楽が部屋を満たしている。
最も心配なのがオーディオの故障あるあるその3、「保証期間が切れた途端、故障する」の発動である。

以前、夏の前だったかに、うな君にお願いして買ってきてもらったクレンペラーのモーツァルトBOX。今だにヘヴィローテーションです。全くもって聴き飽きません。その中でも、演奏も素晴らしいのだが、それ以上に目の覚めるような録音が素晴らしい一曲がアイネクライネ。64年、キングズウェイ・ホールでの録音。プロデューサーはピーター・アンドリィ、エンジニアがネヴィル・ボイリングのコンビ。
クレンペラーは56年にも録音していて、こちらはアビーロードで。レッグ&クリストファー・パーカーのコンビ。一般にはこちらの方が有名なのか。クレンペラーのアイネクライネといえば56年盤を指すようではある。56年盤は64年盤に比べて気力横溢、キビキビとした演奏。64年盤は56年盤に比べてテンポは遅くなっているもののこちらも気力に溢れ、弛緩は全く感じられず、甲乙つけがたい。録音は50年代EMI特有のやや寒色でオケ全体を見通すようなバランスだが高音域の抜け感が今一つ。アビーロードでの録音ということもあってか、残響も少なめ。
対する64年盤はなんといっても冒頭からスーッと伸びた高音域が印象的。EMIのキングズウェイ・ホールでの録音というと俯瞰的で、中央よりやや後方で聴いているような感じが多いが、このアイネクライネは編成が小さいこともあってか、やや前寄り眼前いっぱいにオケが展開するような録り方ながらホールの残響も適度に押さえられていている。
このBOXのアンドリィ&ボイリングのコンビによる録音は、レッグがEMIを離れて後、フィルハーモニアO.を解散。オケが団員による自主オケとなって活動し始めた64年以降のものばかり。ただアビーロードでのセッションばかりでキングズウェイ・ホールでのものは64年のアイネクライネだけのようである。
モーツァルト以外で、このコンビが手掛けたキングズウェイ・ホールでのセッションがあるのかどうか興味が湧く。手持ちのCDで調べてみたが、アンドリィ&ボイリングのコンビによるキングズウェイ・ホールでのセッションは残念ながら無かった。アンドリィの名前は散見されるが、ボイリングの名前が見つからないのはどうしたことなのか。謎である。


2016年10月29日土曜日

故障? その後

昨日起きた、スピーカーからの異音。スピーカーの故障なのではないか?と思い、買ったショップにメールしたのが昨日までのこと。
今日はスピーカーに無理をさせるのもよろしくなかろうと音楽は鳴らさなかった。ショップから返信があって、保証期間内なので修理は無償ですという知らせ。ただ万が一、ほかに原因があるかもしれませんので、試しに他のアンプ等でもう一度確認してくださいとあった。出掛ける用事があったので、夕方家に戻ってから恐る恐る音を出してみた。
すると、昨日のような症状はなく、至ってフツーに鳴っている。

うーん、困った。オーディオ故障あるある、その2だ。症状が出たり出なかったりするってヤツだよ~。症状が出てなくて嬉しい反面、これが一番厄介かも。ホント勘弁してほしい。
一体全体何が原因なのか?謎は深まるばかりだ。

そんな七味の思いとは裏腹に、今日もクレンペラーのアイネ・クライネ・ナハトムジークが美しく艶やかに鳴り響いている。

2016年10月28日金曜日

竹藪焼けたか?

この時期、焼けたか?といえば焼き芋だが、今回はスピーカー。

今日は母の入所しているグループホームの家族交流会に出席。お昼過ぎに帰宅。部屋で音楽を聴くために階段を上がるとなんだかキナ臭い。タバコの吸殻の臭いかと思い、それほど気にもせず音楽を聴いていた。
クリップスのモーツァルトの29番を聴いていると、何だか高音に変な響きが乗っかっている。調子はずれな口笛のような、救急車のサイレンのような音。こんな症状は初めて。

ネットで調べてみてもよくわからない。引っかかったのはボイスコイルの焼着き?
あの臭い。もしかして。
買って1年。早速HF堂にメール。どうなる?? 乞うご期待!

2016年10月17日月曜日

リスニングポジションのはなし 

今朝、いつものようにリスニングチェアに深めに掛けて音楽を聴いていて、ふといつもと何か違うな?と感じた。何だかぼやけたような音だ。アンプのツマミなどが変わりないことを確認し、椅子を見ると、案の定リスニングチェアの位置が後方にずれ動いていた。
10㎝ほどなのだが、正しい位置にあるときに比べて全体にピントの合わない音になり、響きが膨らんだ印象となる。とくに高音域と低音域が膨らんで聴こえ、音楽の印象も随分と変わってしまう。その違いは結構大きいものだ。

さて、今日は午後からKazuさんが来てくださった。
Kazuさんとの語らいはやっぱり楽しい。いつもクラシック音楽ばかりなのだけれど、今日は初の歌謡曲にも挑戦。
マッキントッシュとタンノイの組み合わせはクラシックも良いけれど、ジャズやポップスのほうがよく鳴る感じがしていたが、ど真ん中の歌謡曲は初めて。Kazuさん持参のちあきなおみは彼女のややハスキーで艶っぽい声が上手く再現できていたでしょうか?

KazuさんがYAMAHAの調音パネル2枚を持って来てくださった。なんでも調整の結果、余った(?)らしい。早速組み立てて設置した。部屋の中は物が色々あって設置場所に制約がある。最初はスピーカーの背後に置いてみたが、あまり変化がない。
石井式ではスピーカーの背後はデッドにし、リスニングポジションの背後はライヴにすると反射音が増えて音楽に包まれる感じが増す、としている。実際、そのようなセッティング(SP側が窓、リスニングポイント側が壁)にしていた時は現在(SP側が壁、リスニングポイント側が窓)よりも確かに量感があった。
そこでリスニングポジションの背後に少し内振りにして設置。不思議と定位が良くなり、奥行き感と量感がアップした印象。これはスゴイ。効果てきめん。も少し設置位置や内振りの角度などを調整してみよう。
Kazuさんありがとうございました。しばらくお借りいたします。


カーテンの後ろは窓。


少し内振りに設置してみた。




2016年10月14日金曜日

Böhm / VPO WAM Requiem の再生は難しい

すっかり寒くなった。先週までポロシャツ、もちろん半袖で通勤していた七味も今週から長袖シャツを着るようになった。

さて、先日ある方のブログでのコメントのやり取りでと~ってもガッカリすることがあって、かなりくさくさした気分。こんな経験は初めて。
まあ、内容までは書きませんがね。先方は「こんな日記みたいなブログ読まない」とか「字が小さくて読めない。大きくしろ」と言ってましたが、何様だよ。これが自分流七味流。こっちには来ないでしょうし、こちらも来て頂かずとも結構。もう一切関わり合いは御免被りたいです。
相手様のブログに書き込んだコメントはすべて削除した。それが七味の意思、ということで。よろしく。

ということで気を取り直していきましょう。
すっかりお馴染み、ベームの代表盤の一つである、このモツレク。ベームにはもう一つ、ウィーン響と録れたフィリップス盤があるが、一般にベームのモツレクといえばこの録音かと思う。DG70年代のベーム/VPO録音は全体に音が硬い、と言われることが多い。個人的見解であることをお断りするが、多分、DG技術陣は天下のウィーンPO.の美音とムジークフェラインザールの豊かな響きをディスクに刻み込みたかったのだろうか、中音域~高音域にかけての倍音成分を多めに収録した感じがする。合唱を伴うモツレクではおよそ400~5kHzあたりのエネルギーが非常に大きい。子音、特にs(サ)音や∫(シ)音といった摩擦成分はエネルギーが大きくて、耳への圧迫感があるのだがそれ以外の部分でもヒリつく感じで耳に痛い。
特にキリエから怒りの日まででそれが顕著で、スペアナを見ると中~高音域に比べて低音域が弱い。もしくは低音域に比べて中~高音域が強い、腰高な音なんである。下支えがちょっと弱い。とは言え低音域自体の量感はさほど不足していない。あくまで相対的な話。
EQカーヴやセッティングの問題かというとそうでもなく、ほかのディスクでは思ったように鳴るので原因はこのディスク、録音にあるのだろう。
ではトーンコントロールでバランス変えりゃイイじゃん、て話だがそれも何だかしっくりこない。高音を絞ると音楽の張りというか勢い、輝きともいうべき部分が損なわれてしまったと感じるし、逆に低音を持ち上げるとちょっとモッサリとしてしまって好くない。
EQのカーヴをこのディスクに合わせてしまうとほかのディスクが思ったように鳴らなくなるし・・・。
ベームのモツレクは一部、鼓膜がくすぐったくなる部分があるが、それでも(仕方なく)トーンコントロールの高音を少し絞ってやれば概ね気持ちよく聴けるようにはなって来たのは上々吉ではあるのだけれど。

よく耳痛な音と書くのだが、それはこんな音のことを言います。程度の軽い方から、鼓膜がさわさわとくすぐったいような音。聴いているうちに耳がビリビリ、ジンジンと痛くなる音。それから鼓膜に突き刺さるような音。そんな音で音楽を聴き終わると耳がぼわーんとしてしまう。それから肩から首が凝る。多分痛さで耳から項にかけて筋肉が緊張するのでしょうね。

所有するすべての盤が自分の好きな音で鳴ってくれるようなEQや機器のセッティングができればもちろん極上々吉ではある。が、そんなことは望むべくもなく・・・。

DG F35G 21037


2016年10月9日日曜日

連休、いろいろ

昨日は午後から親戚(母方の伯父)の3回忌法要に出席してきた。ご自宅でのお経のあと、お寺でお経をあげてもらい、墓前でも。墓前でのお経の時は雨がマックス土砂降りであった。納骨の時は大雪でお墓にお骨を納めることができなかったし、随分と天気に恵まれない方、ではある。ともあれ、無事に法要が終わったのはなにより。話題は親の介護の話ばかりであった。

マエストロ井上道義氏のHPを見ていたらOEKとともに11月に長野で演奏会を開くらしい。メインはシューベルトの「グレイト」。これは行こうか?どうしようか?

法事に行くまで、ケーブルを変えたり元に戻したりしながら音楽を聴いていた。トランスペアレントの細部の描写に大変優れた目の摘んだ音、ディスクからあれだけの情報量が拾い出せるのには驚いた。とは言え、我が家のシステムでは今一つしっくりこなかった。
ディスクの情報を極力拾い上げることができればそれに越したことはあるまい。が、やっぱり志向する音とは違う気がした。EQカーヴをケーブルの音調に合わせることもできるのだが、今はそれよりは音楽のほうに集中したいのです。

さて、今日は雨の中、お隣の長野県へ行ってきた。リンゴのこの時期は例年、リンゴ狩りへ行っている。狩りといっても道端に並べられているリンゴを買うだけなのだけれども。今年も3種類ほどのリンゴをそれぞれ1kgづつ買ってきた。なかでも「とき」という品種は何だか洋ナシのような香り。シャクシャクとした硬い歯ざわりがまた新鮮味。試食では歯茎から血は出ませんでしたヨ。
いつもだと長野市まで足を延ばして中古レコード屋さんに行くのだけれど今回はパス。家人には何を企んでいるのかと気味悪がられてしまった。別に裏はないんだけれどね。
途中、小林一茶記念館にも行った。松尾芭蕉に次いで一茶の句は目にしたり耳にしたりすることが多いがどんな人となりであったかはほとんど知らなかったので、とても面白く展示を見ることができた。撮影禁止とのことで画像はありませぬ。
昼食は野尻湖畔のLAMP(ランプ)というお店でハンバーガーを食べた。たっぷりの肉汁と絶品サルサソースの効いたなかなかにボリューミーな一品でございましたが、お口が額関節症の七味には食べづらかったです。でもまた行きたいですね。

さあ、連休もラスト1日。ゆっくり休みます。

奥が「とき」で手前は「秋映(あきばえ)」
段ボールいっぱいのリンゴがあります。しばらくデザートはリンゴですね。

右は記念館で買い求めた句集

LAMPのLAMPバーガー


2016年10月8日土曜日

何か違うケーブルの話

三連休ー。もう一度、三連休ー。
三連休。もうホント嬉しい。ようこそおいでくださいました。
先週は日曜日の町内防災訓練の準備と町内会館の清掃で土曜日が潰れ、日曜は午前いっぱい防災訓練で満足に休めなかった上に、再び肩しかも両肩を痛めてしまった。医者には決して重い物を持ったり肩を捻るようなことはイケマセン、と言われているが町内委員では若手の七味。先輩方に率先して動かねばならぬ。がどうにも痛くて仕事にも差し障りが出て結局、水曜日に休みを取って整形外科を受診し両肩にヒアルロン酸の注射と痛み止めのお薬を頂いた。
なので、この三連休は完全休養というわけにはいかないがリフレッシュの絶好の機会。休むぞーっ、と。

アンプが戻ってしばらく経つが、いまのところ正常に動いている。
アンプを修理に出すちょっと前にうな君からトランスペアレントのケーブルを貸していただいた。修理に出す前は使っていなかったがアンプの修理で配線を外さなければならないのでついでにEQからパワーアンプの間のケーブル(これはオルトフォン)と交換してみた。
で、アンプが戻ってもそのままトランスペアレントにしていた。でもなんだか違和感が。
トランスペアレント、上から下まで細かいところまで出ていて描き分けが見事。落ち着いた音調だが、やや音の傾向がブライトに過ぎるところが気になって仕方ない。
で、繋ぎ変えも面倒だなとは思いつつ、以前の配線に戻してみた。物ぐさな七味にしては珍しいこと。
やっぱり違いますな~。一言でいえば「溌剌」。丁寧さに欠けるのだけれど、音楽の勢いや雰囲気、佇まいのようなものはこちらが上、というか好ましいかな。EQのカーヴもこちらに合わせているということもあるが、やっぱりしっくりくるね。
価格的にはトランスペアレントのほうが断然上なのだろうけど、オーディオは好みの問題。マッキントッシュ-タンノイとは少し傾向が異なるのかもしれん。現代アンプとスピーカーなら良いのかもしれんね。
とはいえ、また折を見てケーブルを変えてみたいと思う。


2016年10月5日水曜日

お帰り マッキンさん そして マリナー 逝く

C36がようやく帰ってきた。
ラウドネスと左右バランスの基盤を交換してのご帰還である。確か91年頃の生まれなのでもう25歳。怪我や病気もするだろう。元気になって良かった。
MC2255の修理完了のあと、見事に壊れたC36。故障の連鎖は恐ろしい。立て続けの修理で2台あわせて12万ほどの修理代金。高いか安いかでいえば、や、や、安い、のだろう。でもオーディオを趣味としていない人には高いのだろうな。今回の件では妻にもかなりブゥブゥ言われた。まぁ仕方ないよね。許せっ、妻よ。
昨日届いたばかりなので、今はモーツァルトの40・41番のシンフォニーを流しての慣らし運転中。今のところ不具合はなさそうでなにより。
代役を務めたC200xもショップの方と一緒にお帰りになった。
C36はC200xと比べると細かいところの再現性はやっぱり敵わないかな。というよりこの頃のマッキントッシュはそこをあんまり重要視していないような音作りのアンプなんだと分かった。C200xはやっぱりいろいろと欲張りなアンプ。欲張ってはいるけれどその水準は高く見事な仕上がり、と思う。あの押し出し強く張りのある中~高音域と縁取りのクッキリとした音はやっぱり素晴らしものだ。
C36の音はそれほど押し出し感はないし音のエッジもさほど強調するわけでもないが、とっても雰囲気よく聴かせてくれる。なんか音楽に安心して身を任せられるこの感覚。そうだ!これだ、これだ、これこれ!! C36の音は。

ついに逝っちゃったな。マリナー。
なんか、この日が近いうちに来るような気はしてたが、いざその日が来てみるとやっぱりショック・・・。
このところマリナー/ASMFのモーツァルトだとかハイドンを聴くことが多くなっていたのは予感だったか。ここに書いたがマリナーは七味的に再評価中の指揮者の一人だった。
良い意味での微温的、やや膨らみを持たせた優しさ溢れる演奏は、今思うととても貴重。よく聴くと演奏の水準も高い。でも若い頃の七味にはそれが全く分からなかった。不覚の極みッ。一連のモーツァルト録音をフィリップスに残したころから、ピリオドアプローチが隆盛を極めたこともあって役割を終えたかのようにレコーディングシーンの一線から退いた感があるのもなんだかマリナーらしいと言えば、らしい。
モーツァルトの40番・41番も音楽をする楽しさがとてもよく伝わってくる演奏である。
ご冥福をお祈りします。合掌。


PHILIPS 473 232-2

2016年10月1日土曜日

秋ジャケ P.Paray/DET R.Schumann Comp.Sym.

何を食べても美味しい季節となりました。この夏、3㎏の減量に成功した七味。この減量が単なる夏痩せでないことを証明するためにもこの秋は勝負です。最悪、現状を維持せねば。できることならもう2㎏ぐらい落とせたら良いのだが、いかんせん新米が美味くてイカン。

さて、秋ジャケといっても鮭ではなくてジャケット。でもジャケットといっても服でもなくCDのジャケットの話。
秋らしいジャケットのCDをご紹介。
マーキュリーのP.パレー/DETのシューマン全集を。
別に秋とはあんまり関係ないんだけど。どちらかと言えば春なんだけど、なんででしょう?でも音楽の佇まいが秋とマッチするのよね~、シューマン。
録音は50年代。1番が58年、2番は55年。3番が56年で4番が54年。4番のみモノラル録音。モノラル~ステレオ移行期の録音だがさすがマーキュリー リヴィング プレゼンス、音質は良好。演奏はキビキビ、ゴリゴリと力強いドライヴ。
4番にはキズがあって、それは終始電気的ノイズが乗っかっちゃっていること。でも久しぶりに聴いてみたらあんまり目立たない。これは不思議。EQのせいか?
以前、タワレコの企画で再発された際は平林直哉が監修した。電気的ノイズが気になっていた七味は新潟のレコ屋にこのノイズの件を問い合わせた。するとそこの店主は平林直哉と知り合いだったようで親切にも直接、ご本人に確認してくれた。平林氏曰く「ノイズはやっぱり取り切れなかったようだが、CD初発時よりは随分と聴きやすくなっているハズ」とのこと。で、買って聴いてみたけど、ノイズはほとんど変わりませんでした。タワレコ盤はこれもうな君のところへ行っている、と思う。

オーケストレーションが冴えない、と言われるシューマン。素人にはそんなもんかね?といった感じで気にならない、というか理解できない。若いころはシューマンはなんだかとっつきにくくてほとんど聴くことがなかったが、このパレー盤で開眼。その前にはインバルの旧盤を持っていたがほとんど聴かずじまいで、うな君トコに。
シューマン開眼後は交響曲全集はCD2枚に収まってしまうこともあってついつい増えてしまいやすい。
このパレー/DET以外にもクレンペラー/PO.にエッシェンバッハ/NDR、セル/CLE、コンヴィチュニー/LGO、ムーティ/PO.あと、バラ買いだがバーンスタイン/VPO、スイトナー/SKBなどなど。
このパレー盤は所有するディスクの中では最も剛毅な演奏か。当時それほど上手いオケではなかったデトロイト。パレーが来るまでパッとしなかったが、その粗削りなところがパレーの剛毅さとの相乗効果でうまくプラスに転じている。マーキュリーの恐ろしく明晰な録音はその粗を目立たせてしまうこともあるが、総じてオケの勢いのようなものを際立たせているように思う。


Mercury 462 955-2


WAM Sym.39

此のところ、暑かったり寒かったり。寒暖差のジェットコースターはホンモノのそれよりも身体に堪える。とは言え、ジェットコースターには生まれてから此の方、3回とは乗っていないが。

う~ん、なかなかプリアンプが帰って来ません。C200xは前にも書いたが非常に優れたアンプではあるもののやや派手めの音が七味の好みには少しだけ合わない。EQでどうにでもなるし、どうにでもできる自信はある。カーヴを崩したくないわけではない。別にEQカーヴを弄ったからといって前のカーヴが再現できないわけではないしボタン一つ、とはいかないまでも簡単にカーヴのデータは保存できる。ただただそのズクがない。
なんだかそのモチベーションが、ない。湧かない。起こらない。自信はあるがカーヴ決めは結構面倒なんである。バークレイⅡ導入後のシステムに合わせた今のカーヴに落ち着くまでには機器のセッティングの見直しも含めて約半年を費やした。それこそ自信作。決定版。ようやく見えた理想の音という頂きまであとわずか。
で、燃え尽きた。もう当分はEQのホイールは回したくない。

そんなこんなで、どうしても音楽を聴く機会は少ない。せっかくの秋だというのに・・・。
そんな中、モーツァルトの交響曲第39番がトレイに載ることが多い、というかこればっかり聴いている。仕事をしていても旋律が頭を駆け巡るほど。セル、クリップスにクレンペラーとどれも良い。最近はムラヴィンスキーとマリナーがお気に入り。
この曲については聴きどころはたくさんあるが、七味は緊張感ある厳しい序奏から一転、優美な主題が現れるところにすっかり痺れてしまう。いわばギャップ萌え、である。
クリップスは徹頭徹尾、それこそ頭から尻尾まで美しい。とくに序奏のあとの主題はとっても気品に溢れている。録音もよいが、なんといってもオケのチョイスがいいよね。
ふと思い出して引っ張り出してみたのがトスカニーニ/NBCのもの。48年8Hスタジオ。もちろんモノラル録音。40・41とのカップリング。録音は50年の40番には敵わないがよく言われるような全くのデッドな響きでもない。41番は45・46年の録音だがカーネギーホールということもあってホールトーンも適切に収められている。
トスカニーニのモーツァルトはあんまり人気がないようだけれど七味にはどストライクの演奏。魅力はなんといっても前へ前へと進む推進力と適度に締まった気品ある格調の高さと歌謡性のバランスのとれた演奏、だろうか。七味はよく音楽が動くとか、流れるといった言い方をするが、「進む」と言った場合は強い意志によって音楽を運んでいる様を指してます。第3楽章メヌエットと終楽章は音楽の運びがやや硬いものの、リズムのエッジの利かせかたは古楽スタイルにちょっと通じるものがある。


BMG BVCC 9912

2016年9月22日木曜日

15

明日、9月23日は結婚記念日。どうして女は記念日にうるさいのだろうか。何年か前に忘れていたらキレられたことがある。
キレるといえば近鉄の若い車掌。まあ、気持ちはわかるが、ねえ。

七味はこのところ体調が思わしくない。季節の変わり目はいつもそう。冬から春になる頃は妙にソワソワ、ムズムズするが夏から秋になる頃は日も短くなり寒くなるせいかウツウツ・モンモンとなることが多い。特に今週は急に気温が下がったこともあって鼻づまりと頭痛がヒドイ。まあ風邪なんでしょう。

15、とは結婚15周年、のこと。
結婚式当日の朝、婚姻届けを出したあとに見た空と日本海の青さは今でも鮮明に覚えている。
あの時は9.11の影響で新婚旅行に行けるかちょっと心配だったことを思い出す。幸い自分たちは国内旅行だったので飛行機が飛ばない、なんてことはなかったけど。チケットや宿泊の手配などで旅行会社に行くとキャンセルの手続きに来ている人が大勢いた。

しかし、15年とはよく続いたものだ。転職に引っ越し、出産・育児に義母の介護・・・。妻には感謝の言葉しかない。
今日は娘が遊びに出ていたので妻と二人でランチへ。別に記念にというつもりはなかったがなんだかそんな雰囲気。料理はちょっと期待外れでがっかり。

2016年9月17日土曜日

Sir John Barbirolli / Halle O. PIT Sym.5

モグ(moleさんのことを勝手にこう呼ばせて頂く)さんがバルビローリのチャイコフスキーについて書かれているのを読んで、久しぶりに5番を聴いてみた。
Royal Classicsから出ていた3枚組は七味もドヴォルザークの3枚組と一緒に持っていたがもう手元に無くなって久しい。
元々はNIXA-PYEレーベルが原盤だが、その後PYEはEMIに吸収されてしまった。よってモノラルからステレオ初期にかけてのバルビローリの録音はPYEが原盤であることが多いが詳細は分からないことが多い。EMIに吸収される前のNIXA-PYE時代にはアメリカのマーキュリーと提携していたこともあって、いくつかのディスクでウィルマ・コザート・ファインらマーキュリー録音陣が録音を手掛けたようだ。ドヴォ8もそのうちの一つらしい。そうなるとマーキュリー好きの七味としては俄然興味が湧いてくる。そのうちにバルビローリ・ソサエティー盤を入手してみたい。

現在、持っている5番のCDはEMI盤。LPでPYE盤の多分再発と思われる盤を持っている。EMI盤は廉価盤でPHOENIXAというシリーズ。フェニクサとでも読むのだろう。このシリーズのCDはこれきりなので断言はできないが、NIXA(ニクサ)の文字があることからニクサを原盤とする音源のシリーズなのかもしれない。このあたり何方か情報があれば頂きたい。

で、このCDのデジタルリマスタリングを担当しているのはDUTTON ラボラトリーズのマイケル・ダットン。NO NOISE SYSTEMを使っているようだが一聴、それほど悪い感じはしない丁寧なリマスタリングで音質を損なっていないと思われる。録音はステレオ初期の59年、マンチェスターのフリートレード・ホール。当時の水準以上の音の良さ。とはいってもトゥッティは中音域がちょっと飽和気味かな。直間バランスもよさそうで、金管の特にトランペットなどは美しく響く。
演奏はさすがはバルビローリ! と思わせる。いつものように歌わせるところはたっぷりと、締めるところはしっかりと締めて、ダレの少ないメリハリある演奏。緊張と弛緩が見事。1楽章終盤のまくりは見事だし、第2楽章の揺らしにもウットリしてしまう。特に終楽章は一直線!といった感じで音楽をオケともども引っ張っていく。
しかし、チャイコの5番は名盤と言われるものは多いが、今一つ、七味的にしっくりとくる演奏は少ない、と感じている。その中にあってこのバルビローリ盤は劇的な表現がクサ過ぎの一歩手前で留まっていて比較的気に入っている方だろうか。

それにしてもバルビローリ(&ハレO.)の良さ・美質とは何だろう?どこにあるんだろうか?

さて、今日から3連休。なぜか3連休の真ん中に町内会の運動会。で、夕方は役員としてその準備に参加してきたが、天気予報では明日は雨。かなりの雨らしい。それで会館内での実施が決まり、準備らしい準備もなく解散となった。

EMI CDM7 63962 2

2016年9月14日水曜日

NFL2016 シーズンが開幕 

ついにNFL2016シーズンが開幕。待ちに待ったこの時期がやって来たよ。来ましたよ。やっぱり9月は心が躍るし、なんとも言えず仕事はもちろん普段の生活にも張りが出るから不思議。

昨シーズン、SBを制覇したデンバー(DEN)・ブロンコスもエースQBのペイトン・マニングが引退。控えQBのオスウィーラーがそのまま正QBにつくのかと思いきやヒューストン(HOU)・テキサスに移籍してしまうなどのハプニングがあったが、開幕戦を2年目のQBシーミアンで勝利。オフェンスラインがほぼ総入れ替えに近く、プロテクションに難ありと思っていたが安定感あるドライヴは意外だった。逆に情けないのは対戦相手のカロライナ(CAR)・パンサーズ。接戦に弱いところは昨シーズンと変わらずだった。
2月のスーパーボウルまで目が離せません。中継時間もオリンピック各種目の予選があったおかげで2時間だった昨シーズンとは異なり、これまで通りの3時間。まずは一安心、といったところ。

我がシアトル・シーホークスはQBラッセル・ウィルソンは健在なれど、RBマショーン・リンチの引退はやっぱり痛い。地区優勝は堅いがSBまでは厳しいと予想。

というわけで、SBはピッツバーグとアリゾナの対戦、と予想しておく。


アリゾナ・カーディナルス  ピッツバーグ・スティーラーズ


2016年9月10日土曜日

来来! うな君 C200xをイジル

今日は夕方からイトコのうな君が我が家に来ている。なんでも本家筋の法事があるとか。夕食はビール片手に寿司をつまんだ。これを口実に何か美味いもんでも食いたいなあと思い、なんとなくすき焼きも良いかな~と考えていたが何だか暑いし、準備も大変。ということで寿司ということにした。たまにはこうした持ち帰り寿司も良いものだ。

持ち帰り寿司、というと伝説のアクシデントが我が家には、ある。
その昔、母が何かのお祝いで持ち帰り寿司を買って帰ってきた。そのころの我が家は3世代7人家族であったから寿司も大きなプラスチックの桶2つくらいにはなったと思う。そこに妹が何だかを買いに連れて行ってほしいと母に頼み、母は「じゃあ、このお寿司を家に運んで頂戴」と妹に頼み寿司をクルマの屋根に置いた。が、妹はそれを忘れて一緒に買い物に・・・。寿司は、どこかの道路にぶちまけられたに違いない。帰って寿司のないことに気が付いた母は大激怒。電話で警察に「お寿司どこかに落ちていませんでしたか・・・?」と。
まあ、そのあとの母親の不機嫌なことと言ったら・・・。3日は目がサンカクになってましたね。

お酒も入って気持ちよくなり、ホルストの「惑星」やサントラ、ジャズのCDを聴くと、アキュフェーズとの相性がバッチリ。うな君の助言に従って、ハイパスフィルターをかけたほうが大人しめのクラシックでは音のエッジが柔らかく、やや奥に引っ込んだ印象に変化。サントラやジャズではハイパスフィルターをかけないほうが押し出し強く聴感上、良い感じとなりました。
C200xはEQの調整をしていないこともあってやや刺激的で耳痛い音ながら音の勢いがあり密度濃い音楽を奏でてくれるなぁ、と改めて出来の良さを認識。これまでは多機能ではあるもののスイッチが多すぎるのとその機能の表示が小さすぎて読めず、使っていなかったが音楽に合わせてセッティングすると一段と良いアンプに思えてくる。
ここで一つの不安が。C36が帰ってきて、C200xより音が悪かったらどうしよう。なんかそんな予感がしてしょうがないこの頃。

2016年9月8日木曜日

DS Sym.4 V.Petrenko / RLPO

先日の15番から此の方ショスタコばかり。というのも今お借りしているプリアンプのC200Xがドンピシャの相性なのだ。ショスタコさんと。ちょっとメリハリがあってハッタリの効いた(でもとても誠実な)音がショスタコの音楽にはベストマッチ。最近わかったのはこのプリはクラシックよりロックっぽい音楽のほうが合うということ。へへへ・・・。

今日は4番。はじめはバルシャイ/ケルンRSO盤(Bri)を。実はバルシャイ盤、これまであまり熱心には聴いてなかったがここにきて嵌ってきた、嵌ってきた。これまではちょっと大人しい感じで踏み込みの浅い印象で、あの時代を生きてきた指揮者の演奏としてはどうなのよ?という感じがしていた。オケもドイツの放オケで機能性・機動性は高いものの響きが薄いようだし録音もなんだかピントがちょっと合っていないように思ってた。でも、それが今聴くとなんとなくだけれども、少し座りの悪い上滑りするような踏み込みの浅い感じが上気というか熱気を孕んだ音楽、と肯定的に思えるようになった。俄然、音楽が動いている様がわかるようになった。これは収穫、ハーベスト。

他はどうなんだい?ということで次いでペトレンコ/ロイヤルリヴァプール・フィルの演奏をば。こちらは文句なく録演バランスよく、今のところ七味のイチ推し(その七味もうな君に推してもらったクチなのだけれど)。
割とスッキリ、サクッと行く印象の全集にあって、この4番は外連味たっぷりに、決して小手先だけでない上段に大きく振りかぶった感じの音楽。もう冒頭の木管とシロフォンのトレモロによる音のアタック、スピードが強くて速くて勢いがスゴイ。ここだけでペトレンコの、この曲を演奏することに対する並々ならぬ意志・覚悟と思い入れが聴ける、というものだ。ハンパない気合。
第3楽章のクライマックスでペトレンコがグググ~ッと踏ん張る。ここは音圧も大切だけれどこのグッとテンポを落として踏ん張る。これが七味はキモだと思うんだよな~。4番はココを聴きたい、聴かせてほしい。このあたりロジェストヴェンスキーはさすがによくわかっていらっしゃる、ってな演奏をする。ロジェヴェン先生はグッと踏ん張るだけではなくなんとなくズレる。抵抗する。運命に逆らおうとするかのように抵抗する。綱引きで少しづつ少しづつ相手チームに引っ張られるように、もうそうなったら挽回はできないんだけどぐっと堪える。でもやっぱりズリズリと引きずられてしまう・・・。そんなトコロに聴き手である七味はウググ・・・と涙してしまうのだな。
ペトレンコはイイ線行っているのだけれどこの抵抗、って感じがちょっとだけ弱い。でもとても立派な演奏です。おススメ。

今日は町内の秋祭り。町内委員として午前中は各戸のお祓いと祭礼に参加。くまなく町内を回ったが汗びっちょりっで足には靴擦れ。直会で頂いたビールも美味し。幸い天気はもったが、午後の青年会の神輿は土砂降り。そんな中も頑張って神輿を担ぐ青年会の面々には頭が下がる思い。
こちらは昼間からのアルコールが祟り、頭がかなり痛い。




2016年9月4日日曜日

DS Sym.15 K.Sanderling / CLE

台風接近の余波なのか、蒸し暑い一日だった。2日の休みで少し気分もよくなってきたかな。
最近、ショスタコをよく聴いているという、ばけぺんさんに影響され今日の七味はショスタコを。

曲は交響曲第15番。この曲、正直言って自分にはよくわからんのですよ。というかわからなくていいです。わかりたくない。
革命を扱ったとされる11番、12番に続いて声楽を伴った13、14番と来てまた純器楽での交響曲。しかも自他様々な音楽の引用に暗号めいた数々の動機、とミステリアスこの上ない。ふざけているようで到って真面目ってのが一番コワい。
でもって、この曲聴いているとなんだか宙ぶらりん状態で足元がフラフラふらつき自分の存在が危うく感じてしまう。貞子の井戸か底なし沼かブラックホールかというくらい、吸い込まれるというか落ちていく感覚がいつも付きまとう。この夏最後の肝試しには最適か。

この曲はいくつかの盤を所有しているが、普段はもっぱらハイティンク盤(DECCA) かヤルヴィ(DG)盤のどちらかを聴くことが多い。割かし平明な演奏でそれほど怖くは、ない。怖いのは今日聴いたザンデルリンク/CLE(ERATO)の演奏。ムラヴィンスキも是非聴いてみたいと常々思うのだがあまりにも怖そうで手が出ないままでいる。
ザンデルリンク盤、まったりまったりと進んでいきます。第1楽章もゆっくり。2楽章のコラールも鉛を飲まされたような気分に。3楽章のアレグレットも「やや速く」というよりは「速くはない」って感じ。終楽章も20分かけて、まるで野辺送りの葬列のよう。
あんまりテンポを動かさずリズムを際立たせたり歌ったりせず、どちらかというと「圧」で押してくるザンデルリンク。この「圧」が曲者。指揮者の感興が直には音楽には映えないのだけれど、聴いているうちにその音楽にグーっと乗っかられて身動き取れない状態にされて
しまう。
クリーヴランドO.も上手くつけている。このあたりはマゼールで慣れている?

さて、来週は町内の秋祭り。任期2年の町内委員、2年目の秋祭りである。昨年はこども会役員と兼務だったので大変だったが、今年は少し楽かも。でも町内各戸をお祓いして回るのはやっぱりしんどいなあ。


Waner Classics WPCS-12233/4


2016年9月3日土曜日

Alfred Brendel Marriner / ASMF WAM Piano Concertos

このところ、気分がクサクサしているところの七味。夏の疲れが出たか。
朝晩の涼やかなことといったらもうすっかり秋の気配なのだけれど。そういえば蝉の鳴き声が聞かれなくなった代わりにトンボが目につくようなった。

先週、柏崎行で入手したブレンデルのモーツァルトのコンチェルト。solarisさんのブログでブレンデルの協奏曲の演奏ばかりを集めたBOXセットが紹介されていて、モーツァルトだけでも欲しいなと思っていた。全集でなくても後期を中心とした主要な曲でも構わないので聴いてみたくなった。で、ちょうど良いタイミングでフィリップスのDUOシリーズで2タイトルを買って聴いてみた。

録音はいつものフィリップス、という感じで硬くもなく柔らかくもなく直間バランスよく綺麗な録音。
ブレンデルのコロコロとよく転がるピアノが心地よい響き。
ブレンデルのモーツァルトを聴くのは初めて。アバド/BPOとのブラームスの2曲は持っているのだがあんまりピンと来ず。でもこのモーツァルトは良い。
音の粒が揃っていて小気味よく転がる。そしてその音がまた綺麗なんである。隅々まで神経が行き届いているのがわかって聴いていて愉しくなってくる。ちょっと丁寧に過ぎ、説明臭い感じがしないでもないが、このあたりがブレンデルの美質なのだろう。

クサクサした気分が少しずつ少しずつ解れていく。いい感じである。

アンプはまだ帰ってきてない。早く来ないかな~と待っていると、今度は直ったハズのMC2255のスピーカーON-OFFに不調が発生。ツマミをOFFにしてもわずかにLchから音が漏れ聴こえてくる。どうしたものか。また修理?
アキュフェーズもがんがってくれているが、EQ調整していないせいなのかやっぱり音がキツく感じてしまう。

2016年8月31日水曜日

開かない

「開かない。玄関の扉、開かないんだけど」と娘から連絡があった。あと10分くらいで着くから待ってろと伝えて帰路を急いだ。我が家に到着して玄関扉の鍵穴にキーを差し込み回すもやっぱり開かず。困った。こうなったら仕方ない。もう二度と使うまい、と心に決めていたあの技を試すしかない。家の裏に回ってサッシを○○する。すんなり開いたサッシから家の中に入る―
別に昔何かヤバい事をやっていたわけではなくて・・・。独身時代に住んでいた家も玄関の鍵がバカになっていて、仕方なくサッシを揺すってロックを外して入ったことがある、だけですから。今のサッシの鍵はしっかりしていますから開かないのかもしれないが、昔の古いタイプだと意外にサッシの戸を上下に揺するとロックが外れるもんです。

まだ帰宅していない妻に玄関が開かなくなったことを伝えたら、妻の同僚が父がガラス屋さんなので呼びますか?と言ってくださったらしい。帰宅して状況を確認し、そのお父様を呼んで頂くことにした。
一時間後、そのお父様がやってきてものの5分とかからずに開錠。さすが本職。手際が良い。鍵穴に何やらパウダーを噴射したところ鍵の抜き差しと回転がとても滑らかになった。なんでも長い年月によって建付けが悪くなっているようで鍵穴にズレが生じて鍵が上手く回らなくなってしまったようだった。後日改めてその調整に来てくださることになった。有り難し。

玄関の鍵が開かなくて家の前で途方に暮れていた娘はすっかり蚊に喰われてました。ごくろうさん。


2016年8月29日月曜日

葡萄狩り WAM Symphonise Sir Neville Marriner / ASMF

一昨日、土曜日は寒いくらい。お盆以降、初めてエアコンをオフにした。日曜日は先週ほどではないものの昨日に比べて暑い。で、今日月曜日は全国1位の暑さ。参りました。
来週はもう9月。ついこないだお盆だったのに早いものだ。
そろそろ葡萄のシーズンもピーク。いよいよ巨峰系のお出まし。ということで行ってきました。日曜日。お目当ては巨峰系の藤稔(ふじみのり)。粒が大きく口の中に入れると果汁が滴る。爽やかな風吹くなか蝉しぐれを聞きつつ葡萄を頬張った。ぶどうは外で頂くほうが絶対に美味い。実は2週間前にもぶどう園に来たがその時はまだお客さんも少なかったが、今日は満席だった。
妻の実家へのお土産の分と合わせて6kgほど買い込み、そのまま柏崎の妻の実家へ。その帰りにブックオフへ。
先日の講演の謝礼金に感謝しつつマリナー/アカデミー室内管の交響曲集とブレンデルのピアノ、同じくマリナー/アカデミー室内管のピアノ協奏曲集などモーツアルトばかりを4タイトルほど購入した。
交響曲集はエロクァンスシリーズのもので4枚組。29,31,33,34,35,36,30,38,39,32,40,41番の12曲が収録されている。現在は全集が出ていて廃盤となっている様子。
まだ、つまみ聴き状態だがどれも誠実な演奏。それでいて楽しい。音がコロコロと気持ちよく転がり、音楽の流れもよい。

マリナーはここ最近、気になっている指揮者のひとり。「と」盤に踊らされて嵌っていたころは面白味のない、凡庸な指揮者とばかり思っていた。恥ずかしい話だが、よく聴きもしないで、評論だけを頼りにそう思い込んでいた。今聴くと誠実な音楽で、決して指揮者が前にしゃしゃり出てくることがない。音楽の運び方が上手い。物足りないかといえばそうでもなく音楽がよくみえる。料理でいう素材の味が引き立つ感じといったところか。
35番と40番のみ71年で他は79年~80年の録音。フィリップスだけあって録音は文句なし。シルキーかつウェット。直接音と間接音のバランスが見事。
一つ残念だなと思うのは、せっかく小編成であるのに音像が大きめであるところ。現在であればもう少し編成の小ささを意識した録音になるのかもしれない。80年頃で仕方のないことなのかも。MTTのベートーヴェン全集も室内オケを使いながらあまりそれを印象付けるような録り方はされていなかった。
もちろんマリナーもピリオドアプローチではなくモダンアプローチを採用しているわけだし・・・。まあ過渡期ってことでよしとしようではないか。

昼食は柏崎市役所前の「日喜」(ひき)で頂いた。その昔柏崎に住んでいた時によく通ったお店。十数年振りに行った。妻は冷やし中華と餃子。七味は冷やし麻婆麺と餃子を注文。肉汁たっぷりの餃子も記憶にある味のまま。ごちそうさまでした。

PHILIPS 473 232-2



2016年8月27日土曜日

S.Prokofiev Piano Cocerto No.1 Graffman G.Szell / CLE

今週、朝のNHKFMでは通常のクラシック・カフェの再放送ではなくて、西村朗と羽田美智子による「あなたの知らない作曲家の素顔」という番組をやっていた。今年はヘンデル、シューマン、ドヴォルザークにプロコフィエフの4人。確か去年もやっていたような記憶がある。取り上げる作曲家も違っていたように思うがよく思い出せない。二人の軽妙なやり取りは毎回、聴いていて楽しい。最終日の金曜日はプロコフィエフだった。プロコフィエフ、やっぱりモダン。性格には難があったようだが曲はやっぱりカッコイイ。

人生で初めて買ったクラシックのレコードはシャイー指揮のユンゲ・ドイチェ・フィルのプロコフィエフの交響曲第3番(DG)。中学2年の頃だったな。友達がアイドルのレコードを買うなか、自分はクラシック。変わり者と思われただろう。ちなみにシャイーはこの曲を得意としているのか後年にも再録音を果たしている。このあたり師匠筋にあたるアバドの影響なのかもしれない。
しかし、あの不協和音だらけの曲には中学生のリビドーを刺激するような何か突き詰めたものが確実にあった、と思う。

プロコフィエフのピアノ協奏曲は全部で5曲あるらしいが、1番と3番しか聴いたことがない。3番はアシュケナージとアルゲリッチ、それにバイロン・ジャニスを持っているがお気に入りはジャニス盤。アシュケナージはクールではあるが熱が足りないし、アルゲリッチは熱はあるがクールさに欠ける。ジャニスはクールかつ熱っぽい。マーキュリーの録音の良さと相まって非常にモダンな演奏。
1番はグラフマンとセル/CLE盤しか持っていないのだが、これで十分。セル演奏スタイルはプロコフィエフにとてもマッチして一層モダン。グラフマンというピアニストはこれまで、よくは知らなかったけれども、テクニックもしっかりしているしスケールの大きい演奏をする。HMVのグラフマン・BOXの説明には当時のアメリカ5大オケとの録音を行った唯一のピアニストで、ラン・ランやユジャ・ワンの先生でもあるようで、もうとっくに亡くなっているかと思っていたらまだ存命であるとのこと。セルとはプロコフィエフの3番も入れている、なんて情報まるで漏れてましたね。というのもセルのディスクは没後○年記念で出たシリーズをディスクを購入することが多いので協奏曲はそのシリーズから漏れてしまっていることがほとんど。カサドシュのモーツァルトなんかもそう。で、早速注文をと思ったらすでに販売終了。うぅぅ・・・。

ピアノ協奏曲第1番はペテルブルク音楽院時代の作品。15分ほどの短い曲ながら冒頭の主題の雄大さですっかり心鷲摑みにされてしまう。さすがプロコフィエフ。プロコ熱が再燃しそうな七味である。


2016年8月26日金曜日

バーバー

サミュエルではなくサンパツの話。散髪。今日、仕事帰りに散髪してきた。
七味は散髪は、もうここ何年も格安のチェーン店で済ませているが皆さんは散髪はどうされているのだろうか?

以前は近所に行きつけの床屋さんがあって、休みの日に頭を刈ってもらっていたが、随分と前に高齢と跡継ぎがいないのを理由に店じまいしてしまった。
チェーン店は安いのがいいのだけれど不満もある。
七味はとてもカミソリ負けしやすい。電気シェーバーにも負けてしまう。髭に当たる際は軽く当たってほしいのだがチェーン店では容赦なくジョリジョリと当たってくるのでヒリヒリしてしょうがない。

で、今日行った店は1000円でカットのみ、というお店。シャンプーは家に帰ってすぐにシャワーすればいいか、と思って入ってみた。自販機で料金を前払いし、椅子に座りカットの注文をして刈り始める。おや?カミソリが見当たらない。ホントにカットだけなのかと思ったがもう遅い。襟足もちっちゃなバリカンで済まされてしまった。ガッカリ。散髪はシャンプーなくてもいいケド髭はやっぱり当たってほしい。
500円ほどをケチったおかげで大失敗。反省である。

平日の午後、行きつけの床屋に行って頭を刈ってもらっているうちにウトウト・・・、なんていうのが理想では、ある。

2016年8月23日火曜日

緊急事態 O.Klemperer Eine Kline Nachtmusik

今日は朝から非常事態。エマージェンシー。
明日、地域の会合で仕事に関連したちょっとした講演が予定されている。資料はパワーポイントで作成済み。今朝職場のPCで印刷しようとCD-Rをセットするも何故か読み込まず。PC再起動してもダメ。何度か繰り返すも全く読み込んでくれない。そうこうしているうちに、誤ってディスクをフォーマットしてしまったらしく、パワーポイントのデータが全部飛んでしまった。

資料はパワーポイントにして40枚。これは困った。昨日までは何の問題もなく読み込んでいたのに急にダメになるなんて。しかもデータも消えちまった。これが3日前なら何とかなるが今日の明日では・・・。頭の中は真っ白け。冷や汗どころではない。大量の汗。血圧も高そうな感じ。頭がグルグル回るグルグル回る。
今回の講演は職場の上司(しかもかなり上)からいただいた話なので、今更できません、とも言えないし・・・。謝礼、もう持ってきちゃってるし、上司。結局直属の上司に事情を話して、自宅PCにはある程度作成した資料があったハズ、と午後に年休をいただき帰宅。自宅PCには出来上がったハズの資料の1/3ほどのデータが残っていた。とりあえずペン入れ目的でプリントアウトしていたものと照らし合わせて資料を作成。何とか出来上がった。セーフ。

しかし、こんな緊急事態は初めて。焦るどころの話ではない。頭の血管が切れるか詰まるかして死んでしまうかと思った。ホント。

で、今はゆっくりくつろぎタイム。クレンペラーのアイネクライネナハトムジークを聴いている。
う~ん、どっしり。微塵も動きそうもないほどの安定感。まるでずっとそこにある、みたいな。さすがです。
さっきまでの自分の激しい焦燥はなんだったの?ってくらい悠然とした音楽の運び。あんなに騒いでいた自分が急に恥ずかしくなってきます。
C200Xの音もそれほど派手には聴こえず、クレンペラーの音楽を一層堂々と響かせてくれている。C36よりも合っているんじゃないかな?ちょっと見直したぜC200X。

エマージェンシー、といえば現在D-life(ディーライフ)というチャンネルで「ER 緊急救命室」という往年の医療ドラマを放送中。昔ビデオテープを借りたり、NHKの放送でよく観ていたが、シーズン12あたりからはさすがに根気が続かず最終シーズンを観ずに終わってしまった。月曜から金曜まで毎日1話放送しているのを録画して観ている。
「ER」が流行ったころ、日本のテレビドラマでもそのまんま、パクったとしか思えないような「救命病棟24時」シリーズがあったがかなりユルイ内容だったなぁ。

あと、リオ・オリンピックが終わって寂しい。リオ・ロス状態。とはいえ、深夜や早朝の観戦はやっぱり身体に堪えた。終わってぐっすり眠れるのかと思っていたが、今朝も何故だか4時半ごろにパッチリと目覚めてしまった。まだ身体がリオっているようです。

2016年8月20日土曜日

苗名滝へGO!

今週、胃のピロリ菌の駆除薬を飲み始めた。ので、お酒はご法度。この暑さにビールが飲めない~!!。そろっと禁断症状が・・・(ウソ)

しかし、暑かった。なんでも上越市は今年一番の暑さだったようで。
ということで涼を求めて妙高市は杉野沢にある日本の滝百選にも選ばれている苗名(なえな)滝へ。
駐車場から滝までは500mほどの遊歩道を歩くが、海抜800mということもあってかなり涼しい。滝に近づくにつれて頬にあたるヒンヤリとした風も気持ち良い。
20分ほどで到着。水に足をつけるとこれまた冷たくて気持ちが良かった。しっかりマイナスイオン頂きました。
苗名滝は小学生のころに来たっきり。35年振りくらいか。その間に水害で遊歩道などが流されてしまったようで、随分と雰囲気は変わってしまったと思う。でも滝はそのまま。落差55mの滝は音も水量も迫力満点。ああ、こうだったと記憶がよみがえってきた。

普段、それほどというかほとんど運動をしない七味。お盆もリオの観戦で夜更かし&飲みすぎでダラケタカラダ。には結構な運動量。涼しいといっても、汗かきの七味。戻ってくるころにはそれこそ滝のような汗でべしょべしょ。そんな火照った身体にソフトクリームの甘さも心地よく、生き返る思い。
昼食は苗名滝苑で名物の流しそうめんと天ぷら、それに滝アユのから揚げを食べた。流しそうめんは回転式と竹とよ式があるが、回転式にした。竹とよ式は風情あるもののそうめんを高いところから流す作業が面倒。回転式のほうがやっぱりお手軽だ。流水は湧き水を使っていて、啜り込んだそうめんもキンと冷えてのど越しは最高。ツルツルと入っていきました。
野菜の天ぷらも一つ一つが大きくてサクサク。から揚げはちょっと揚げすぎた感じもあったけど、コレも美味しく、お腹も大満足で帰途についた。

が、山を下るときには海はおろか佐渡島が見えるほど晴れ渡っていたのに我が家に近づくにつれ雲行きが怪しい。しまいには我が家の方角には結構な雨雲が見える。雨もポツポツとフロントガラスに当たりだした。コレはヤバイ、と急いで帰宅するも干していた洗濯ものがすっかりべしゃべしゃでした。とほほ。

昔と変わらず大迫力の苗名滝

C200xのその後とC36について 雑感

さて、マッキンさんが出掛けている間の代打、アキュC200x。思った以上に元気で豪快。そして律儀な音。
国産アンプで豪快&律儀を両立させるアンプ。これはなかなか。結構細かいところまで聴かせてくれるが、やや隈取りのように音の輪郭をきっちりと際立たせて聴かせてくれるところは派手でハッタリをかましてくれている感じでちょっと欲張りすぎで、ちょっと好みではないかな。あと、上下の帯域が伸びているが聴感上、少し窮屈な印象。
でもやっぱりよくできたアンプなのだろう。もうそこは好みの問題でしょうね。
そうそう、意外と発熱が大きい。C36に比べても大きいようで、日中仕事で不在の間は電源を落としている。借り物ということもあるし。

C36は自分はとても気に入っているのだが、ある人はマッキンの中にあって割とライトウェイトな音の傾向を指して非力、買い換えたほうが良いと言うし、別の人はあれは良いアンプです、と言っていた。マッキンのプリといえば5バンドのイコライザーが代名詞的なところだがC36にはついていない。到ってシンプルな構成だが必要な機能はちゃんとついているし文句はない。プリ不要とおっしゃる方もおられるが、パワーアンプ直結の音は鮮度高いがどうにも色気がなく自分の好みではないように感じたし、やっぱりプリを咬ませたほうが音楽に色気のようなものがまとわりついてくる。C36は主張は強くしないがちゃんと色気はある。MC2255のぐぐっと沈み込む低音と艶っぽい高音にC36がサラリした肌触りの音を載せてくれている。
ただ、今回比較してみると音の輪郭という点ではかなり甘いようだ。気が付かなかったケド。
そういえば、C36とMC2255はもうずっとこの組み合わせであったことに気が付いた。かれこれ10年以上この組み合わせのまま。現在のシステムでも古株となった。
C36は2255の前にサンスイのB-2102(これはうな君に借りたもの)と組み合わせていた時もそれほどの不満はなかったように記憶しているが、年代は異なるものの同じマッキンとの組み合わせはやっぱり安定感があってしっくり来た。

今回のC36の修理で思いがけずプリアンプの比較をすることができた。アキュフェーズ初期の音を体験できたと同時にC36の音が今の自分の感性にフィットしているということが確認出来たのは大きな収穫だったと思う。
まだしばらく修理には時間がかかりそうなので楽しませて頂くとしましょうか。

2016年8月16日火曜日

C36 ↔ C-200X

連休最終日、妻は仕事で、、娘は友人と遊びに出掛けてしまい家には自分だけ。お昼にラーメンを食べに行っただけで後はのんびりと過ごした。6連休、休みの前は長いようにも感じたが実際に過ぎてしまうと、あっと言う間であった。長期の休みはいつもなんだか有意義に過ごせなかった感じがして、休み明けの憂鬱さと相まってがっかり感が漂う。

ようやく、アンプを引き取ってもらえた。当初の連絡では代替機としてマッキントッシュが来るというような話であったが、事情があってアキュフェーズのC-200Xが代わりにやってきた。アキュフェーズさんとはショップでは何度かお目に掛かってはいるがこうして我が家にお招きするのは初めて。
サックリと聴いた印象では国産モデルのカチッとした目の摘んだ音ながら結構豪快な鳴りっぷり。もう少し繊細な鳴り方を想像していただけにこれは意外。ただ、ちょっと縁取りがクッキリしすぎてちょっとドギツイ感じの鳴り方。このアンプに合わせたEQの調整をすればもう少し良くはなりそう。ま、いじりませんけど。


2016年8月15日月曜日

美味いビールとAnne gastinel JB / Cello Sonatas & Schubert Arpeggione Sonata

お盆の休みも今日を入れて2日。午前中は卓球女子団体戦の中継に釘付け。4時間を超す熱戦。もう最後のあのエッジボールには呆然。あんなことあるんだな~。それにしても福原愛、いや愛ちゃん。それはもう、子供のころから国民のほとんどが彼女を知っている。そんなアスリートは愛ちゃんくらいだろう。ずっと成長を見守ってきた。まるで親戚の娘さんみたいなもの。なので応援にもついつい力が入っちゃう。ってそんなのオレだけですか?
あと、卓球のラリーでボールの弾む音がカルメンのハバネラに聴こえてしょうがないのもオレだけかな~?

アンプの引き取りは結局16日の夕方となり、このお休みのあいだ音楽はほんの少し聴いただけ。なんとなくデジアンの高音域のザラツキ、チリ付きが気に障って、聴く気が今一つ湧かない。それでも今日は午後からは先日買ったガスティネルの3枚組からブラームスとシューベルトのソナタを。
それからお中元で頂いたアサヒのドライプレミアムビール。これがあまり炭酸が強くなく、香りも芳醇でかなり美味い。日本もようやくこういうビールが作れるようになったんだなあ、と思う。

ブラームス、シューベルトともにロストロポーヴィチ盤しか持ってない、かな。ブラームスはシュタルケル盤があったかな?ブラームスはともかく、シューベルトのほうは録音も含め巷ではもうほとんど決定盤の扱いなれど、ほとんど聴いていません。ロストロの雄弁なチェロはやっぱりスゴイ。スゴイけれど重たい。ズン、と肩に音楽が圧し掛かる。聴くのにかなり体力・気力が要る。
ガスティネルは、音にあんまり欲張った感じはなく、しなやかな音楽。かといって音に厚みがないかというとそんなことはもちろんなくて、よく歌い、しっかりと一本、筋が通っているというか背筋が良い。聴いているこちらもなんだか居ずまいを正したくなってしまう。そんな潔さというか清潔感があってとても良い。

このCD、ディスクユニオンで、850円ほど。先のブログにも書いたが3枚組でしかも未開封。かなりのお買い得だった。

moleさんのガスティネル推し、納得です!

VALOIS  V 4817

naïve  V 5021

2016年8月12日金曜日

ひさしぶりに東京 夏バテにスープのような音楽を

さて、6連休の七味。それには理由があります。娘が七味の姉が住む福岡へ旅立ったのが今週の日曜日。で、今日帰ってくる。東京経由の新幹線で帰ってくる娘を東京駅まで迎えに行かなければならず、仕方なく休みを取った。結果、6連休となったわけ。
まあ携帯電話もあるし、改札口で待ち合わせも何とかなろう、などと思っていたが大間違い。ものすごい人混み。頼みの携帯電話の声もよく聴こえず四苦八苦。20分後ようやくに合流となった。焦ったぜ~。

で、そんなことになるとは露知らず、待ち合わせまでの時間を利用してお茶(の水)してきた。本当は新宿まで出たかったのだけれど、新宿のディスクユニオンは何度行っても迷ってしまう。時間も限られていることだしお茶(の水)だけでガマンした。
喫煙者である七味。あの界隈で喫煙できるところというと駅前のロッテリアだよね~、とうな君と意見が一致。獲物を眺めつつ吸う煙が上手いのだった。

さて収穫はフェドセーエフのチャイコ4番、ビクター盤。moleさんご推薦のチェリスト。アンヌ・ガスティネルのアルペジョーネ・ソナタ、シューマンのコンチェルト、ブラームスのソナタ2曲の未開封3枚組の2つ。しめて2500円ほど。
その感想はまた後々に。

なんだかすっかり夏バテしている七味。オーディオも不調とあって先週来ほとんど音楽を聴いてないのだけれど、コレじゃイカンと胃に優しいスープや重湯のような耳あたりの良い音楽から聴き始めている。
マルコム・アーノルドはご存知か?2006年に亡くなったイギリスの現代作曲家。4つのスコットランド舞曲やピーター・ルー序曲など90年代~2000年代に吹奏楽界におられた方であればおそらく聴いたことがおありであろうか、と思う。
非常に平明かつメロディアス、ダイナミックな音楽に身を委ねているととても癒され、身体の芯からパワーが漲ってくるようだ。
演奏はヒコックス/LSO。シャンドス特有のワイドレンジでシルキーな音も涼味満点だ。
ちなみにシャンドスは当初ヒコックス/LSOで1番から順次交響曲の録音を開始した。もちろん全集とする意図があったハズ。でもなぜか途中(7番)からラモン・ガンバ/BBCフィルに変わってしまった。ガンバの演奏は聴いていないが、これも良い演奏らしい。最近、コニファー原盤のハンドリー盤が廉価になって発売された様子。コレも気になるところ。

CHANDOS CHAN 9290

CHANDOS CHAN 9385





2016年8月11日木曜日

やっとお休み

今年のお盆休みは6連休。しかし連日の猛暑で体調は最悪。ヘロヘロ。ということで、あまり騒がず体力の回復に努めたい。
それにしても皆さん、精力的に音楽を聴いておられるようだ。こちらは音楽をあんまり聴けていないこともあってブログのネタもない。
音楽を聴く体力もなく気力すら湧かない。アンプが故障中というのもあるけれど、やっぱりリオ。ついつい深夜まで、はたまた早朝にオリンピック観戦。すっかり寝不足でフラフラ。まもなくオリンピックも中間地点を折り返しとなるが、個人的に前半でグっときたのが女子柔道の松本薫選手。銅メダルに悔しさを滲ませつつも笑顔。ロンドンでの金メダル以降自分の柔道ができない時期もあったようで、辛かったようだ。連覇は成らずとも銅メダル。悔しさと安堵感の入り混じり晴々、とはいかない笑顔なれど、立派です。胸を張って帰ってきて欲しい。

NFLのほうも9月から待ちに待ったシーズン開幕。我らがシアトル・シーホークス、今シーズンも昨シーズンに続き戦力は揃っている様子。昨季プレーオフで奇跡的な勝利を挙げたもののパンサーズに負けSB進出を阻まれた。今年こそSBを制覇してほしい。




2016年8月3日水曜日

mclntosh ご帰還 その後

先日、無事に帰還したマッキントッシュさん達。しかし、その翌日、プリアンプが不調を訴えた。左チャンネルからゴソゴソ、ガサガサとノイズが。ケーブルの断線か何かかといろいろと調べるもやっぱりプリアンプらしい。メインボリュームは何ともなくて、ラウドネスのつまみを回すとこのノイズが変化するのでやっぱりプリアンプに原因があるのだろう。
まるで絵に描いたような故障の連鎖。オーディオの七不思議である。早速、Nさんに連絡。日曜日にとりに伺いますとのこと。修理代が嵩むなあ~。

ということで再度デジアンの出番となった。
ここは我慢我慢。

月曜日は仕事中に体調を崩し早退。翌日もあまり体調が芳しくなく、合わせて右肩の痛みが最悪。炎症を起こしたようだ。年休を取って怠い身体に鞭打って整形外科へ。痛み止めと抗炎症薬の注射を打ってもらって今日、ようやく肩の痛みも幾分楽になり音楽が聴けるようになった。

2016年7月31日日曜日

Mclntosh ご帰還

いや~、茹だるような暑さとはこのことだ。エアコンなしでは一分たりともいられない。

そんな中、いつも懇意にしているショップのNさんが修理の完了したアンプを持ってきて下さった。
二人して、汗を掻きかきセッティング。
収まるべきところに収まって見た目もグッド。
出てきた音はすっかり以前のキレのある音に。左右の音量差があったときは左右バランスつまみで調整していたが全体的な音量は低下していた。よってメインのボリュームを11時くらいにしないとならなかったが、久しぶりに聴くそれは9時くらいで十分な音量であって、なんだか頼もしい感じ。
音像もちゃんとセンターに定位している。ありがとうございました。

修理中、中国製のデジアンを使っていたことは以前にも書いた。このデジアンしか知らないのであればこれでも十分な音がするが、上から下までスッキリした感じでやっぱり現代風の音。マッキントッシュさんたちの音を聴いてしまうとね。やっぱり。
出てくる音に余裕があるし、全体に濃密。なによりもダンピングの効いた粘りのある低音が堪らんです。ハイ。
そうそう、この音に惚れちゃったんだってことを再認識。
今回の修理で交換していただいた部品は40点あまり。リフレッシュしてきたMC2255。なんだかとっても快活でキビキビした印象。それに細かいところがよく聴こえるようになった。もう少し艶やかさとフォーカスの合った音になれば良いかな。この辺りはもう少し鳴らし込みが必要なのだろう。

楽しみ。



2016年7月30日土曜日

音楽への愛情は・・・ Tchaikovsky Sym.4-6の場合

いつも拝見している、ばけぺんさんのブログに組み物のCDで曲が2枚に跨ってしまうことについてコメントさせていただいた。

どういうことかというと、よくある例としてはチャイコフスキーの後期3大交響曲集。あとはラフマニノフの交響曲全集とか。あとマーラー全集なんかでもよく見受けられる。ハハ~ン、と納得いただけたかな?
チャイコの場合、だいたいDisc1に第4番全曲と第5番の1,2楽章、Disc2に第5番の3,4楽章と第6番全曲という具合。以前から5番を聴く際に一々ディスクを取り換える作業が面倒で気に障って仕方がない。手元にある後期3大の2枚組CD5種類のうち3種類で5番が犠牲に。残り2種類はそれぞれ4番と6番が犠牲になっている。収録時間の都合で致し方ないといえばそうなのかもしれない。
けれども、曲を途中で楽章の切れ目とは言えぶった切るのはどうなのさ。

七味はそこに作り手の曲や音楽に対する愛情の欠如を感じるのだな。もし本当に音楽が好きならそんなことできないはずだよ。
買う方もそんなディスクは買ってはいけません。そんなディスクを買うということはやっぱりその曲、音楽に愛情を感じていないってことになるんじゃないですか?                                                  (伊丹十三 風に)

な~んて、ね。
じゃあ、同じ演奏のディスクで、ぶった切られていない3枚組とぶった切られてる2枚組があるとして、価格はもちろん2枚組のほうが安いとしてどっちを選ぶかって話ですよね。LPみたいに詰め込むと音質に影響するっていうんなら3枚組でしょうが、CD関係ないもんね。やっぱり安い方買います。でもぶった切られディスク、あんまり聴かないのも事実。音楽に魅力があってもやっぱり商品としてはどうなのってことなのか。チャイ5を聴くときは自然と1枚もの、もしくは全集の中から手に取ることが多いかな。

じゃあ、CDにはどれくらい詰め込めるのだろうか。昔むかし、小澤征爾のマラ8のCDを買った。CDが出始めの頃で6000円だか6600円くらいした。2枚組でDisc1には第1部、Disc2には第2部を収録。で、何年後かに廉価シリーズで再発売。その時は1枚になっていた。2000円くらい。なーんだ、入るんじゃん!と思った。今考えると当時はLPの収録に準拠した格好だったのだろうと思う。今ではマラ8は1枚がフツーになった。CDの収録時間も74分と初めの頃は言われて、それ以上収録すると再生できない場合があるという噂があったような、ないような。現在では80分くらいは入りそうだけれど。どうなのだろう。

LPの時代もCDの時代も詰め込みは廉価盤の常。収録時間が増えたからといって矢鱈めったらくっ付けるのも品がない。クライバーが存命の時、彼は絶対に詰め込ませなかった。だからベートーヴェンの5番と7番が収録されたディスクが出たのは彼が亡くなってからだった、と思う。ちょっと自信ないケド。


2016年7月28日木曜日

WAM Sym.25 と父

一昨日の夜、防災無線が鳴った。市内の河川に氾濫の危険が出てきたということで、避難準備情報が流れた。ほぼ同時に有線の防災放送が流れるので台所へ。そこに娘も心配で自室から来た。

娘「何があったの?」
妻「(どこかの川が)ゾースイ(増水)してるんだって」
娘「え?ゾースイ?」(眼がキラーンと輝く)
私「お前の考えているゾースイとは違うから!」

そう、ゾースイと聞いて娘は雑炊を思い浮かべたようだ(笑)。
とは言え、自分も娘のことは笑えない。子供の頃、テレビでのニュースで、
「信越線の○○駅と○○駅の間は上下線とも土砂崩れのため、現在フツーです」と言っているのを
「普通」なのになんでニュースで云うんだろう?と不思議がっていた。「普通」ではなくて「不通」ね。

二ホン語、ムズカシイデスネ~!

話はガラリと変わる。
随分と前になるが、仕事帰りに車のラジオをつけたらモーツァルトの交響曲第25番の第4楽章が流れていた。ネヴィル・マリナー/ASMFの演奏。
映画「アマデウス」でこの音楽で知ってはいたけれど。25番を初めて聴いたのは就職した年の夏だった。ワルター/VPOの演奏。
丁度その頃、父が神経難病と診断された。
自分が子供の頃の父は大変に怖かった。何時間も正座させられたり・・・。学生の身分だったから当たり前なのだけれども、一人前の男とは見てもらえなかった。
就職して、これで少しは認めてもらえるだろうか、親孝行できるかなとか思っていた矢先の出来事。
かなりショックだった。あの時の自分はかなり混乱していたように今になって思う。時に轟轟と風吹きすさぶ荒野に一人立っているような、或る時は滝のような雨になすすべなく打たれ続けているようなそんな状態。
そんなどん底な気分のとき、このモーツァルトの25番をそれこそよく聴いた。なんとも言い表しにくいのだが、どこにも持って行きようのない感情をこの短調の調べにのせてどこかに飛ばしてしまいたかったのか?それとも浄化したかったのか。どうにもならない現実のもどかしさをモーツァルトの25番は少し軽くしてくれたと思う。
十数年の闘病の後、父は亡くなった。亡くなる2,3年前から意思の疎通が困難になった。そうこうするうちに膵臓癌が見つかり、結局はそれが原因だった。2001年7月27日。あの日も暑かった。

亡くなる2カ月前、結婚を決めている人を紹介することができた。そのころの父はもうほとんど反応がなかった。でも安心したんじゃないかと思う。最後の親孝行。
あれから15年。自分は父を超えることができただろうか、はなはだ自信がない。
でも何とか家族は守っているよ。親父。




2016年7月26日火曜日

爆演系なのか? Carlos Païta AD 8&9

カルロス、と聞いてトシキと答えた君は1000%。ゴーンと答えた君はクルマ好き。クライバーと答えた君は良識ある人。パイタと答えた君はちょっと変わった人だね、きっと。

別にカルロス・トシキが言いたくて、というわけではない。今日、たまたまクナのワーグナーアルバムが聴きたくて、ドヴォルザークとワーグナーのディスクを入れている箱(特に意味はない)の中を探していたら見つけた、パイタのドヴォ8と9番。いつ買ったのかも覚えていない。聴いた覚えもない。でも買ったんだろなー。モノは試し、どんなもんかと聴いてみた。

で、感想を一言でいうなら、「判っかり易ぅ~」だ。デカい音はデカい。速いところは速い。単純なんだ、この人は。9番終楽章のティンパニの強打が矢鱈と大きい。通常の3倍の大きさだ。コーダ、デミヌェンドで儚く消えるように終わるところでは通常の3倍伸ばす。でも、どうしてもそこに必要性を感じない。何故3倍大きくするのか?3倍長く伸ばすのか?単にそのほうがカッコイイから、か?要は自己主張が強いのだ。エゴイスティックでナルシスト。オケをドライヴすることが第一義、そんな感じ。
聴いていて気になるのは音楽に対する感興が薄い。非常に薄い。食べ終わり間近の素麺のツユくらい薄い。あまり曲そのものには興味ないらしい。
まあ、爆演という括りでよいのかも。どこかで許光俊がこの人のワーグナーとR.シュトラウスを持ち上げていたように記憶している。聴いたことがないのでなんとも言えないが、このドヴォを聴いて、じゃあワーグナーもという気にはならない。ファンの方には申し訳ないが致し方なし。許してほしい。
とは言え、15年前の「と」盤探しに没頭していた自分だったらスゴイと思うのかはわからない。

今日は、直江津の花火大会なのだがこの夏一番の土砂降り。梅雨が明けたというのに、だ。多分中止(もしくは延期)だろうと思う。今朝は福祉施設での殺人事件のニュースで目が覚めた。亡くなられた方には心よりご冥福をお祈り申し上げたい。しかし、犯人の青年に何があったのだろう?その心の闇が怖い。


Lodia LO-CD 789


2016年7月23日土曜日

三銃士、再結集! Ansermet / OSR Stravinsky 春の祭典

2週間の間を置いて再集結した三銃士。今回は富山県黒部はうな君邸に参上した。
しかし、間隔が2週間とはこれまでにないハイペース。七味はこのところ夏バテ気味。黒部まではシンドイなぁと思っていたところに助け舟。ここは素直に甘えさせて頂きました。kazuさん運転ありがとうございました。
うな君もありがとうございました。皆さまに宜しく。お盆はコッチに来るの?かな。

うなぎの寝床と称される細長い部屋。一聴、気品溢れる音。高い天井から音が降り注ぐような感覚に息を呑んだ。
システムに合わないといっていたクレンペラーのモーツァルトも良かった。ヤルヴィのマラ8も上から下までスーッと伸びていて神々しい響き。マゼール/CLEのハルサイもシャープ。七味の好みからいうと、も少し低音の下支えがあっても良いのじゃないか?低音があったほうが高音の美しさがより一層際立つんではないか、と思った。

ハルサイを聴きながら、それぞれが好きな演奏者を挙げていったところ、Kazuさんはアバド/LSOとシャイー/CLE。うな君はマゼール/CLE、七味はアンセルメ/OSRとバラバラ。Kazuさんの好みは良く歌い機能性に富んだ演奏だろうか。うな君は変態演奏がお好き(笑)。七味は古風、というよりヨボヨボの爺さんが好きということか。というのは冗談としても、アンセルメの演奏を侮ってはいけない。

確かに演奏は現代の水準に照らしてみてもどうにも聴き劣りしてしまう。リズムの処理は甘め、と思う。ただ、ブーレーズ/CLE(CBS)以降のリズム重視とも思える演奏の数々を聴くにつれ、アンセルメのハルサイが好ましく聴こえてくるから不思議。リズムが決まらないせいで結果的に旋律に注意が向いてしまうのかもしれないし、そうではないのかも。とはいえ、それほど計算高い(でも数式は得意!)指揮者ではないだろう。オケも指揮者も大健闘。ときおり大きなタメを作るあたりも時代を感じさせる。結果的に現代音楽だったということを強く印象付けられる。
録音はやっぱり古い。でも上手い録音だと思う。オンマイク気味のいつものデッカ録音。混濁もなく聴きにくさは感じない。合わせて聴いた「ローマの松」もグッド。

DECCA UCCD-3857



2016年7月22日金曜日

コレクション、の魅力ではなくて魔力

ウワサの「ポケモンGO」。職場のスタッフが早速DLして休憩時間に遊んでいた。「ゲットだぜ~!」って、何歳なんだよ?全く・・・。
七味は全く興味はないデス。ただ気になるのは経済的効果の大きさに注目が集まってリスクに対する報道が減りはじめていること。アメリカの例を持ち出すまでもなく、コレ事故とかかなり危険な気がするんだけど。警鐘を鳴らすような報道はかなり、少ない。心配。事故が起きたりするとマスコミは手のひら返したようにネガティブな報道を、きっとすると断言しよう。
ま、運転中にポケモンGOをやっている人が飛び出して来て轢くなんてのはノーサンキューだ。

しかし、いつから始まったのか。コレクションする、という遊び方。仮面ライダーカードかプロ野球カードあたりからだろうか。
メンコやベーゴマもコレクション要素が入っているな。七味が子供の頃はビックリマンシール。ピカピカ光るレアカードなんかもあったな。七味はビックリマンシールにもまったく関心がなく、友達が集めているのを横から眺めているだけだった。ただスー消し(スーパーカー消しゴム)とか筋ケシ(キン肉マン消しゴム)など消しゴム系には嵌まった。もうどこかに行ってしまったが。
これはヤバいな、と思ったのは保育園に通っていた娘がナントカという洋服やアクセサリーのカードを組み合わせて遊び始めたのをみてから。
モノを集める快感。この所有欲をくすぐる仕組み。よくできている。七味は子供の頃から所有欲をくすぐられまくった世代。これは手が付けられないよ。大人になってお金がある程度自由になるとCDのコレクション。もちろん聴きもするが、持っているという満足感、充足感。他人が持っていないCDを持っている優越感。または自分は持っていないという劣等感。
上手に転がされている気がしてならないなぁ~。

2016年7月18日月曜日

O.Klemperer / PO. JSB The Orchestral Suites (Rec.1954)

またまた問題が。
現在マッキントッシュさんたちが修理にお出掛けているので、留守は中華デジタルアンプがお勤め中。CDPからデジタルEQを経由してアンプへ、そしてスピーカーに。
ところが、ところがである。音像が今度は右に寄っている。寄っちまってる。マッキンさん達のときは左に寄っていたし・・・。繋ぐときに間違えた?イヤイヤ、確認するも結線は問題なし。原因はアンプじゃないの?もう何がなんだか訳が分からぬ。仕方なくEQで左chを3dB上げてバランスを取る。するとモノラル録音の音像がセンターに。気持ちが落ち着く。

ということで今、クレンペラーの管弦楽組曲を聴いているところ。このディスク、シメシメ、セール中で安いワイ、と喜び勇んで買ったもののモノラル録音。それでも気を取り直して聴くも第1組曲冒頭のあまりの遅さに、さすがに閉口。以来あんまり聴くこともなかった。クレンペラー、このところ七味のなかでは絶賛リバイバル中。どんなもんかいなとトレイに載せると、アラ良いぢゃありません事?モノラル録音とはいえ、50年代中盤、モノラル円熟期の録音。随分と聴きやすい。センターにポッカリと浮かぶ音像にもセパレーションが感じられる。ちょうど虹色に光るシャボン玉のよう。歪みも少ない。「モノラルなんか聴きづらくて聴く気がしねぇ」と言っている御仁がネット上で多く見受けられるがそんなに聴きづらいかね。ま、お好きに、という感じだが、確かにEQを導入によって随分と聴きやすくなったモノラル録音。スピーカー1本をセンターに置いてというのがホントは良いのだが1本モノのスピーカーが中古で出てこないのと、予算的にも実現までの道のりは険しい。

クレンペラーのバッハはコレとマタイ、ロ短調ミサしか持ってないが、バッハ演奏におけるクレンペラーは格調高く、重心が低い。それでいて音楽が良く動く。決して鈍重ではない。敬虔さと厳しさ、それに優しい眼差し、慈しみといった感情が豊かに、そしてバランスよく響く音楽となっている。

組曲第3番の第2楽章は言わずと知れたAir。追悼の音楽として震災のときや死者を悼むときに演奏されることが多いけれど、悲しいときもうれしいときにも、まるで水が沁み込むがごとく心に入ってくる音楽。やっぱり名曲。いまさらだけど。

さて、3連休も終わり。
明日から仕事。そして週末はうな君邸で三銃士の会。体調を整えていきましょう。


TESTAMENT SBT 2131