Google+ Followers

2016年4月29日金曜日

やっぱり引っ越してみた

一身上の都合により、ちょっと引っ越そうかと。

新しいブログはコチラになります。

http://blogs.yahoo.co.jp/shichimitogarash

こちらのブログも残してありますので、コメント頂ければ幸いです。

2016年4月28日木曜日

残念、引っ越せず。 いよいよGW突入!

引っ越し、といってもブログの話。グーグルのブロガー、シンプルなページが気に入っているのだが、ちょっと使いにくさを感じている。あるプロバイダーへの移植を試みたが上手くいかなかった。何やら何とかの形式が異なるらしい。ブロガーはそのままで別のプロバイダーに引っ越すことも可能だがどうしたものか。

さて、世間様はGW前半戦に突入。なんて書くと七味は連休なしかと思われるかもしれないが、ちゃんと3連休。後半も併せていろいろと計画中、なんである。なんとか部屋の掃除を兼ねて模様替えをしたいのだがどうなることやら。しかし、今週の仕事はきつかった。4日間の出勤だったが先週の風邪のダメージからの回復が思わしくなく、ほとんど家に帰るなりバタンキュー。ヒィヒィ言いながらの仕事となった。もう若くないのだということをイヤというほど痛感。

2016年4月24日日曜日

復調す。最近、あっさりが好いんです。Orff Carmina Burana E.Mata / LSO Hendricks etc.

ようやくに調子が戻ってまいりました。身体の調子が戻るに従い音楽も良い音に。
しかし、町内の春祭りで休んだ水曜を入れると3日も休んでしまった。ホント申し訳ない。ただでさえモチベーションの上がらない月曜の出勤。それに休んだ済まなさが加わるわけで、一段と気が重い日曜の夜である。

今日は妻は出勤。娘とお留守番。昼飯、普段ならパスタでも作るところだが外に出て食べることにした。クルマで10分ほどのところにあるラーメン屋へ。ここのラーメンはとにかく豚骨ドロドロ「豚ダク(濁)」が売り。あ~、店ができるのが20年遅かったよ。めちゃ美味いスープなのだが、泥水かよ!ってくらい濁ってるしレンゲでかき混ぜたときの抵抗がすごい。濃ゆいし重い。いささか、いやかなり胃にもたれる。そこでアッサリとした鶏塩チャーシューメンにした。元来、お肉好きだが最近チャーシューの脂も苦手に。鶏塩はチャーシューも鶏ムネ肉を使ったものなのであっさりといただくことができた。画像、うまく撮れなかったけれど、金色に輝く澄んだスープが、美味い前に美しい。

今日はワルターのSP期の録音やらカザルスのバッハ無伴奏に、クライバーのフィガロなどを聴いていたが、夜になって少し元気も出てきたので、久しぶりにオルフを聴いている。オルフのカルミナブラーナは若いとき一時嵌まってディスクを買い込んだ覚えがある。最初は小沢(Phil)。次いでプレヴィン(EMI)。ヨッフム(DG)、ヒコックス、MTT、BISの室内楽版にケーゲル、オーマンディ。変わったところではペンデレツキ(ホントに変!)。新しいところではテラークのラニクルズとDGのティーレマンなど随分買った。
でも、そろっと聴いていて耳がもたれるようになってきた。身体がついて行かないようになったんよ。
で、今日聴いたのは割と早くに買ったエドゥアルド・マータ/LSOの演奏。デジタル初期80年か81年頃の録音。指揮者のマータはその後飛行機事故で亡くなってしまった。このCDを買う前に展覧会の絵とラヴェルの管弦楽曲をいくつか集めたディスクを持っていたが、その演奏はかなりクドイ演奏で面白く聴けた。いわゆる「と盤」ですな。で、期待を込めてこのカルミナを買った訳だが、よい意味でその期待は裏切られた。とてもアッサリ、スッキリとしたモダーンな演奏であった。ソプラノ、バーバラ・ヘンドリックスの可憐な歌声にもまいっちんぐ、であった。録音もRCAながらとってもグー。デジタル初期の隈取クッキリの華麗な録音。手元にデータがないので何とも言えないが、ロンドンSO.の演奏なのでロンドンでの録音だろうし、もしかしたらデッカのクルーによるものなのかもしれない、と今しがた思い至った。(追記。調べたら全然違ってました。)
演奏良し、録音良し、値段良しの3拍子そろったディスクであった。


RCA 09026-68085-2


2016年4月23日土曜日

風邪とクレンペラーのEMI録音

もう3日ばかり寝込んでいる。今日はようやくに床をあげ、少し音楽を聴くことができている。
熱はないけれど咽喉と鼻の炎症に加えて口のなかがヒリヒリ、ピリピリとしていてとっても不快。
身体がとても怠い。
咽喉の腫れが耳に作用しているのか、はたまた副鼻腔炎によるのかどうも高音域が詰まるというか籠もったようになって音楽を聴いても全然良い音がしない。

今聴いているのはクレンペラー/PO.のベートーヴェンの2番。57年10月、キングズウェイホールでの録音。録音が悪いと評判のEMIのなかでもその代名詞的存在のクレンペラーのベートーヴェン。
いつにも増してモヤモヤとした音がする、気がするけれどいつものことかなとも思う。
七味はこのEMIの一連のクレンペラー録音、とっても好きなんだな。最近、EMIの録音が悪いという話をネットでよくみる。今に始まった話ではなくずっと以前から言われていることなんだけれどもね。そんなにみんながいうほど悪い音かね。よく引き合いに出されるのがデッカの録音。デッカの録音もみんながいうほど良い録音とも思えないんだが。なんてことをネットに書き込んでみようものなら、お前の耳は腐っているのか?とかちゃんと耳掃除はしていますか?とかお前のクソみたいなシステムなんか捨てちまえといった、意見の交換どころではないレベルの話に終始して不毛な雰囲気に心底ガッカリさせられる。そんなんだから掲示板というヤツは嫌いだ。

よく言われるのはデッカはクリアーな音で、EMIはモヤモヤしているというもの。特にステレオ初期はそうかも。デッカは割と近接音が多めで生々しい感じになる。それこそ目の前で演奏しているような音で、EMIはどちらかというと間接音を多めにとっている印象。そのためかEMIはホールのやや遠いところで聴いているような全体を俯瞰するような音になっている。これはもう好みの問題のような気がする。七味はどちらでもオケー。
確かにEMIに限らずガッカリな録音もあるにはあるのですが、自分はそれほどシビアではありません。わが家では、というより七味の頭の中ではデッカもEMIもそれほど不満なく鳴っています。

クレンペラーのEMI録音についていえば、もう残っているだけでラッキー、そんな感じなんです。

2016年4月19日火曜日

California Dreaming / Wes Montgomery

なかなか熊本を中心とする九州の地震は収束しない。今日も震度5強の地震があった。この一連の地震、イヤなのは大きな地震が夜間に多いところ。とても意地が悪い。
そんな中、気になるのはSNSなどによるデマや誤情報の拡散。
今日も、「○○(避難所になっている学校)で、お肉100kgを無料で焼きます」といった情報が拡散した。結果その避難所では問い合わせが殺到。対応に追われたという。
「動物園からライオンが逃げた」とか「イオン熊本が火災」とか。外国や関係のない花火の写真が使われた。よく見ればわかるのだが状況が状況だけに拡散してしまうのだろう。ひどいのは「川内原発で火事」というデマ。ゴジラが原発を襲うシーンが使われている。こんなことをして愉快がる人の気がしれない。許せない。便利なツールであるが、それも使い方次第。ほんとクダラナイ奴。腹立たしい限りだ。

そんなこんなで、音楽を心から楽しめない日が続いている。聞き流し聴き、ながら聴きがほとんど。
このところ、ウェス・モンゴメリーの「夢のカリフォルニア」を繰り返し繰り返し流している。オーケストラをバックにギターが良く歌うディスクである。ウェス・モンゴメリーといえば「インクレディブル ジャズ ギター」が名盤の誉れ高いが、その後「イージーリスニング」的なアルバムを数枚発表している。そのせいかジャズファンの評判を落した。「夢のカリフォルニア」はその中の1枚。なかでも矢野顕子がカヴァーした「More,More,Amor 」が好きだ。余談ながら矢野顕子はカヴァー曲を多数歌っているが大抵、元うたよりも良い曲になっている。
中でもお気に入りは「Mr.Walker」途中「剣の舞」が顔をのぞかせる。
ジャケットは磯に佇むブロンド女性。何故こんなところで膝を抱えて座っているのかは謎だが。ケツが濡れないかとても心配になってしまう。

UCCU-5060




2016年4月16日土曜日

熊本のことを思いながら

熊本を中心とする九州の地震が収束する気配を見せない。どころか震源域が動きながら地震の規模、被害ともに増しているように思う。昨夜は床に入ってテレビでNHKの地震関連のニュースを観つつウトウトしていたところに緊急地震警報が。もういけない。バッチリ目が冴えてしまって寝られなくなった。このままテレビを見ていると姉の住んでいる福岡も結構揺れた模様。早速にLINEで連絡する。「超怖かった」とのこと。その後も頻繁に緊急地震警報が。いつグラリとくるかと思うと「寝てらんない」とも。
この一連の地震、新潟県民にとっては新潟県中越地震を彷彿とさせる。あの時も本震のあとの余震がすごくてビビった。あの時、自分はすでに結婚していて娘も生まれていたなあ。自宅は震源域から離れていたので直下で揺れるということはなかった。職場は長岡・小千谷のお隣柏崎だった。独身寮や一人で暮らしている職員なんかは余震が怖くて会社に泊まり込んでいた。仕事中も結構な余震が続いた。あまりの多さに揺れているのか揺れていないのかわからない感じ。いつ来るかもわからない、いつ果てるとも知れない余震に対する怯えと、日常の業務と震源域に近い事業所との連絡・連携などで多忙を極め、精神的にもかなり追い詰められた。翌々年に退職し郡山に移ったがその遠因ともなった。

東日本大震災以来の大きな地震災害となった今回の熊本地震。あの時の経験が生かされるのかどうか?
自分にできることは限られているけれども被災地のみなさんと気持ちは一つです。早くこの地震が収束することを願ってやまない。

今日は観桜会開催期間中の上越高田までお出かけ。お出かけといっても職場が高田ですから大したことはないけれど。桜はもうほとんどが散ってしまった。今日、観桜会会場で予定されていた陸上自衛隊高田駐屯地の自衛隊によるパレードは、熊本への災害派遣が決まって中止になった。
この自衛隊のパレードについて地元の市民団体からは反対、中止の要請がされていた。「銃を携行しての行進は威圧感があり、観桜会のイメージにそぐわない」というもの。また安保法案が成立し自衛隊の戦闘組織としての意味合いが強まったことも理由らしい。
もちろん戦争には反対だし、安保法案も反対だけれど、高田の自衛隊は郷土の誇りだと思うよ。先の東日本大震災や中越地震、中越沖地震などの災害救助活動で活躍した高田の自衛隊を自分は誇りに思います。行けない自分に代わってぜひともしっかりやってきて欲しい。お願いします。頑張れ!自衛隊。

街なかでは予定通り痛車祭りとコスプレのイベントが開かれていた。娘が行きたいと申すもので親子で行ったが、自分は痛車もコスプレも全く関心の外。なんの理解も共感も沸かない。まあ、九州の惨状を思うとなんと呑気で平和なんだろうと思ったが、そんな呑気で平和な日常が一番なんだと5年前のあの日に思ったことを思い出した次第。


2016年4月12日火曜日

Mengelberg / ACO LvB. Comp.Sym.1-9 ワカメ

先週の土曜日はとても暖かったのでついつい昼間からビール片手に読書と音楽。ご機嫌な週末であったが、週明けはのっけから冬に逆戻り。山のほうでは雪がちらついたようだ。
さて、吉村昭の「蚤と爆弾」を読了。小説の形をとっているが主人公の曽根は大東亜戦争で731部隊を率いた石井四郎がモデルとなってる。タイトルの蚤は日本が戦時中に推し進めた生物戦の象徴。そして爆弾は日本の風船爆弾とアメリカが開発、広島と長崎に投下した原子爆弾を表している。「蚤と(風船)爆弾」または「蚤と(原子)爆弾」ということか。731部隊については森村誠一が81年に「悪魔の飽食」と題して発表したが吉村昭のそれは約15年早い、70年に「細菌」という題で発表されている。精緻で、誇張のない筆致で書かれた文章は取材の丁寧さが読み取れる。

何だか急にメンゲルベルクが聴きたくなって、ベートーヴェンの全集を引っ張り出して聴いている。3番以外は40年4月の連続演奏会の実況録音。3番はその半年後のテレフンケンの録音が使われている。最近になって4月の演奏を収めたディスクも出た。
久しぶりに聴くメンゲルベルクであるが、40年の録音としては比較的良好な音だろう。マスターは盤だろうテープということはあるまいが、スクラッチノイズなどあるにはあるが聴取に耐えられない感じはない。
現代におけるメンゲルベルクの扱いはキワモノに近い。極端なデフォルメを施した厚化粧の演奏を期待する感じがあるが、少なくともベートーヴェンについていうなら、ザッハリヒではないが割とスッキリとした演奏なのではないかと思う。テンポは総じてゆっくり。楽想の終わりで少しテンポを緩めるあたりは聴いていて上手いなあと思う。呼吸が自然で深く、抱擁力のある音楽が心地よい。

最近、エースコックのわかめラーメンのコマーシャルが復活。以前は石立鉄男が「お前はどこのワカメじゃ?」などと言っていたが今は柳沢慎吾が言っている。モノマネから駒である。このパターンとしては、ルパンの栗田貫一がある。
で、この三人を並べてみた。でも並べてみると全然似てない。

篠山紀信
石立鉄男
メンゲルベルク

2016年4月9日土曜日

不謹慎にも・・・ 「と盤」のしくじりの続きとユーザーレヴュー

今日はご近所のお葬式に参列してきた。
実はお葬式がとても苦手だ。まあ得意、って人がいるのかどうか知らないが。何が苦手ってお線香の匂いが苦手で鼻が痛くなるのと、あの厳粛な雰囲気がダメだ。元来、人がたくさんいるところにはあまり行きたくない性分。ここ数年、お葬式に参列する機会が多くなって困っている。亡くなった方やそのご遺族には大変お世話になったわけだし悼む気持ちはもちろん、ある。だけどアノ雰囲気がね・・・。式の途中で冷や汗に軽いめまい。気分が悪くなることもしばしば。これってトラウマ?でも途中で退席するわけにもいかず苦痛の時間が長い。
で、お葬式を無事にやり過ごす方法として、お寺さんの読経に耳を傾ける、ことをしている。

※以下は宗教に全く無知な人が書いています。用語など正しい記述かどうかは疑問です。
今日のお葬式は真言宗で執り行われた。真言宗は密教系だったかと思うが、他の宗派と比べて鳴り物が豊富で不謹慎と思いつつも面白い。おッ今日は密教系か、楽しそう、なんてネ。不謹慎だよねえ。鳴り物も何かちゃんとした意味があってのことなのだろう。鉦を叩いたりシンバルみたいなのをシャンシャンと擦り合わせたり、独鈷でお数珠を擦るとか、何か棒で机のものを叩くとか。密教系はまるで現代音楽のよう。特に独鈷でお数珠を擦る音はウインドチャイムのようにとても澄んだ音がしていて好きだ。

さて、以前の記事、「と盤」のしくじりに関連して評論家の話を補足しる。
その記事で紹介した「クラシック名盤&裏名盤ガイド」シリーズは当時新進~中堅の音楽評論家の共著であるが、その後のクラシック音楽CDの国内盤市場の縮小によって音楽評論家の活動の場は減っていることだろう。書ける媒体がなければ評論という行為が成り立たないのは自明のこと。合わせてネットの隆盛によって一般の音楽ファンやユーザーがブログ、ネットショップのレヴュー欄や掲示板を使ってレヴューを書くようになると、音楽や演奏の批評において評論家の必要性はなくなりつつあるように思う。音楽や演奏の批評を生業としている評論家はあまり乱暴なことも書けないだろうし何かと制約もあるだろうが一般のファンやユーザーに超えてはいけない一線は基本的にない。自由に書ける。書き手が読み手になり、読み手が書き手ともなる。そこには上下の関係はなくなり、横のつながりが出来上がる。そうなると評論家の需要は一層なくなる。2chでは評論家自体が評論の対象となって揶揄されたり話のオカズにされている。音楽関係の雑誌はまったく買わなくなったおかげで、現在活躍中の音楽評論家が書いた文章を目にする機会はない。Cdの購入にあたって参考にするのは皆さんのブログやショップのユーザーレヴューがほとんど。皆さんはどうしているのかしら? ユーザーレヴューをしがらみのない自身の意見の率直な表明とするならば購入の参考にするなら非常に有用だ。でもちょっとがっかりしたりカチンと何か心にひっかかるものも散見される。

こんなことをつらつらと書いたのもちょっと前に、あるショップのユーザーレヴューを読んでいて気になるレヴューを見つけたから。
それはこんなレヴューが発端。少し長いが引用する。ある交響曲のレヴュー。レヴュアーの名前は伏せますね。
終楽章はまさに特撮モノ。空中戦です。ウルトラマンAを思い出してしましました。(中略)勝利を鼓舞してはいません。むしろ勝利は善なのか?という無感情が漂います。超獣はヤプールによって変化させられた人間なのです。死の瞬間に人間の心を取り戻すのです。(中略)全集の他の演奏に比べて少しばかり音が軽いのが残念です。
このレヴュアーはこの演奏をウルトラマンの怪獣(超獣)に譬えています。なかなか斬新で、自分には理解できないところもありますが面白いですし人それぞれどのように感じようと構わないと思っています。このCDを持っていますが実際、軽い(笑)。全集全体が軽い、と思う。書いた人は20代後半~30代前半くらいかなあ。
で、これを受けての別のレヴュアーが書いたのが下のやつ。長いうえに一部伏せてあります。ご容赦を。
大変素晴らしい演奏だと思う。音質も決して悪くない。最良である。(中略)その曲の評価を決めるのは聴き手個々の受取り方ではないだろうか?少なくとも、私は政治的なことについてコメントしたくない。また、私の前にコメントした人物がウルトラマン云々と書いているが、彼は芸術に恐らく携わったことのない人間なのだろう。そういう「軽い」人間が神聖な「クラシック音楽」を「軽い」とか特撮ドラマのヒーローに例えるなど言語道断だ。私はアマチュア芸術家だが、オーケストラで第1ヴァイオリンを弾いている。この楽曲を演奏した時の感動を想起せずにはいられない。○○指揮の○○交響楽団は大変完璧かつ感動的な演奏をしている。是非、このディスクを聴くことをお薦めしたい。

このレヴューを読んで、非常にカチンときた。特に赤い文字のところ。何でしょう?とても鼻につくんです。傲慢な物言いがひっかかったんでしょうね。
二ヤリとしたのは、この人がクラシック音楽を「神聖」なものと思っているところ。どう思おうと自由ですが、そんなにクラシック音楽は尊く、犯しがたく清らかで穢れないものなのか?そんなに清らかなもんじゃないように思いますがね。私は。

自分も傲慢な物言いをしていないかと自戒も含めて書いてみた次第。この記事も個人攻撃になるのではという不安はあるが。でもどうしても言いたかった書きたかったのよ。皆さまのご意見を頂戴できれば幸いです。


2016年4月5日火曜日

祝!入学 WAM 弦楽四重奏曲第6番 K.159

1日が社の創立記念日でお休みだったおかげで3連休となった先週末。本当なら姉親子が遊びに来ていて賑やかな週末を過ごしているハズだったが、インフル騒動でキャンセル。静かに過ごした。それ相応の準備もしていたし、心積りもあった。なんだかポッカリと心に隙間が空いてしまった感じ。
で、今日5日は午後から娘の入学式。午前中仕事だと式に間に合わないので1日お休みを頂いた。午前中のうちにタイヤ交換と洗車を済ませた。とはいっても自分ではできないのでガソリンスタンドで交換してもらったんだが、誰もタイヤ交換する人がいなかったのであっという間に完了してしまった。
制服を着ると随分大人びて見える娘。卒業式でも着たけれど、入学式のそれは一段と凛々しかった。前の学校ではかなりガタイの大きいほうだったが、今の学校ではちょっと大きいかな~くらいで割とフツー。まあ、勉強頑張れや!

イタリア弦楽四重奏団BOXはこれまでのところ順調に聴き進めている。モーツァルトはオシリから聴き進み、このところは第2番~第7番までのいわゆる「ミラノ四重奏曲」を聴いている。そのなかでは6番が気に入ったなあ。第1楽章アンダンテ冒頭のすがすがしさが何とも言えず繰り返し繰り返し聴かずにはいられない。なんだかビートルズやイマドキの音楽風でもあるなあ。初期弦楽四重奏曲はイタリアSQのBOXとカザルスSQの2つを持っているのだけれど、イタリアSQに比べてカザルスSQのほうが総じて速めのテンポでぐいぐいと行ってしまうようだ。この6番冒頭に関してはイタリアSQの落ち着いたテンポが自分には好ましく聴こえる。第2楽章、第3楽章の短調も交響曲第25番を思わせる疾走感にもびっくりポンだす。